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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・52

 心に何とも言えないひっかき傷を残され、3人がとぼとぼと帰り道を探していると、娘の悲鳴が聞こえてきた。ぼんやりしていた気持ちが、一気に戦闘のそれに切り替わる。
「――やめてください! 私、おじいちゃんの所に帰らなきゃ……放してっ!」
 とまどう声に、若い男二人の何かを誘う淫らな声音が重なる。ルナの紅玉の瞳が危険な光にきらめいた。
「――男なんて」
 ロランとランドはぎょっとした。ざわり、とルナの金髪が逆立って見えたのだ。
「不潔ッ!」
 鞭の一閃のごとき声音だった。打たれたように二人が硬直するのを背に、ルナは声の居場所へ駆けだしていた。
 路地裏の廃墟のそばに、娘が一人と男が二人いた。男の一人が娘の手首をつかみ、さかんに何か言い寄っている。娘は恐怖に怯えながら必死に顔を背け、手から逃れようと身をよじっていた。
「やめなさい!」
凛としたルナの声が夜気に響き渡る。振り向いた3人に、魔道士の杖を差し向けて怒鳴った。
「女性にみだりに手を出してはなりません! 今すぐ彼女を放しなさい!」
「なんだぁ、女がもう一匹増えたぞ」
 目の下に黒い隈のある男がゆっくりした声で言い、もう一人もにやにや笑った。彼も目の下に隈があり、垂れ目をしている。
「うまそう。こっちの女と合わせて、一匹ずつ食えるな」
「だな。でも、おれ、あの杖持った子がいいな」
「じゃあ半分こだ」
「だな」
 食うという響きに、娘はただならぬものを感じ、血の気が引いた。貞操以上の危険――殺されるということに気づいたのだ。
「離れなさい! じゃないと、ひどいわよ!」
 ルナが命じる。しかし男の一人は、キィキィと奇妙な声で笑った。
「いやだね!――けけけっ!」
「――!」
 駆けつけたロランとランドは、男二人が宙に飛び上がって一回転した途端、白い煙とともに魔物の姿に変わるのを見た。薄紫色のずんぐりした赤ん坊のような体に、小さな頭部の2本角、コウモリの翼。隈のついたとぼけた目。二人は、小悪魔グレムリンだったのだ。
「バギッ!」
 娘が悲鳴を上げて魔物から離れた隙に、ルナは呪文を唱えた。真空の刃がグレムリンの一匹を捉えるが、もう一匹は宙を舞ってかわす。ランドが手に入れたばかりの魔道士の杖を振りかざした。杖から火球がほとばしるも、バギをかわした一匹が口から炎を吐いてそれを打ち消した。
「たあっ!」
 ロランは鋼鉄の剣を抜き払い、バギを受けた方に斬りかかる。肩を割られて赤黒い血がほとばしった。グレムリンは飛んでいた空中から落ちかけたが、すぐに「ホイミ!」と唱えた。肩の傷がたちまちふさがってしまう。
マホトーン!」
 ランドが2匹に片手を突き出し、魔封じの呪文を唱えるが、これも効果がなかった。ありゃあ、とランドは慌てずにつぶやいた。
「魔法抵抗が強いなあ。さすがに悪魔の一族だから、かなぁ?」
 グレムリン2匹が同時に炎を吐いてきた。熱波に3人はむせ、少しでも炎が当たらないように飛びすさった。
「一匹ずつ集中するぞ!」
 ロランが指示し、ランドとルナもうなずいた。
マヌーサ!」
 ルナが幻惑の呪文を唱える。淡い紫色の霧が周囲に立ちこめ、小さな翼を羽ばたかせて空中で踊っていたグレムリン2匹は、困惑に顔を見合わせた。霧の中にたくさんのロラン達が現れたからだ。
 ひと声鳴いて、一匹が手近にいたランドに爪でひっかきに行ったが、空振りしてしまう。ランドの幻はその瞬間に消滅した。
 背後を突くのは卑怯とされるが、戦術としてはこの上なく有効だ。とまどうグレムリンの背中を、ロランは渾身の力で斬り下ろした。ギィッ!と絶叫して、一匹が絶命する。仲間がやられ、残る一匹が自棄になって炎を吐き散らしたが、ルナのバギとランドの鉄の槍がとどめを刺した。
「大丈夫ですか?」
 そのまま逃げ出してもよかったのに、娘はまだそこにいた。ルナが近づき、壁際に座り込んでいる娘に手を差し延べる。この騒動だ、怖さで動けなかったのだろう。
 ルナが微笑むと、娘はようやくほっとした顔を見せた。ロラン達より2、3歳年上だろうか。長い黒髪を馬の尾のように赤い布で束ね、上は袖の膨らんだシャツ、下はゆったりしたズボンをはいている。動きやすい服装は、港の女が好むものだ。
「あ、ありがとうございます。皆さん、お強いんですね……」
 ルナの手を借りて立ち上がり、娘はお辞儀をした。
「近くのお店に使いで来ていたんですが、帰り道、さっきの二人がからんできて……怖かった」
「いいのよ。お互い気をつけましょうね」
 優しくルナが言い、ロラン達も立ち去ろうとすると、娘は驚いた。命懸けで闘ってくれたのに、まるでさりげない風に去ろうとする人間を初めて見たからだ。
「あ、あの。ぜひ、お礼をさせてください! このままでは、私の気が済みませんから!」
「といっても……どうする?」
 ロランがランドを見やる。ランドはほんわりと笑った。
「好意を受けるのも恩返し、じゃないかなぁ」
「そうね」
 ルナも異論はなかった。娘はほっとして胸に手を当て、港主(みなとぬし)ルートンの孫娘エレーネと名乗った。