蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・49

 なるべく荷物は軽くしようと、ルプガナに行くまでの食料や備品を吟味した。ルナも、愛用していた鍋をここに置いていくことに決めた。
「大事に使ってちょうだいね」
 泣く泣く、鍋やおたまを塔のすみに置く。数羽の海鳥が、珍しそうに見ていた。いずれ水飲み場として使ってくれるだろう。
 重量で一番困るのは装備だった。軽装の二人はともかく、ロランは鋼鉄の盾を持っている。だがこれは、強力な魔物の牙や爪を防ぐのに重宝していて、手放すのは惜しかった。
 悩んだ末、ランドの「岸までは大丈夫なんじゃない?」という、あまり根拠のない助言で持っていくことにした。ロランは背中に、鋼鉄の剣とともに盾を背負い、風のマントを羽織った。くるぶしまで覆う長い翼状の布が、しわもなく、ふわりとロランを覆う。
 ランドがロランの右側に、ルナが左側に立った。万が一手を放した時のために、ロランの腰に縄で体をつないでいた。
 ロランは下を見おろした。とてつもなく高い。狭い海峡では、波がもがき、時に渦を成しているのがはっきりと見えた。
「落ちたら、確実に死んじゃうね」
 ランドが弱く笑った。
「マントが何の効果もない、ただのマントだったら……ね」
 ルナも青ざめて見おろしている。
「僕らの旅も、ここで終わりか……」
 ふいにロランの頭に、父親達の顔が浮かんだ。ここで死んだら、どれほど悲しむことだろう。
「私は、祈らないわ」
 覚悟を決めたのか、ルナがきっぱりと言ってロランを見た。
「私は、ロランを信じる」
「ぼくも」
 ランドも微笑む。二人の顔を見て、ロランも力強くうなずいた。
 迷っていても始まらない。そのために、苦労して風のマントを取り、遠いここまでやって来たのだから。
「ああ。行こう!」
 海鳥達が風を感じ、一斉に飛び立ち始めた。壁の際から少し距離を置いて立ち、ロランの胸にランドとルナがしっかりと抱きつく。
「行くぞ! 同時に――飛ぶんだ!」
 3人は壁の際まで走ると、同時に床を蹴った。
 空中に放り出された瞬間、ぎゅっとランドとルナがロランにしがみつく。ずしりとかかる2人分の重さに、むしろロランは勇気をもらった。マントが風を受けて広がるよう、両手を伸ばして持つ。
 だが。
(――落ちる!)
 3人の体は、塔を垂直に落下していく。マントは広がらない。声こそ出さないが、ランドとルナが恐怖しているのは伝わってきた。
(だめなのか、このままじゃ――!)
 ぐんぐん地面が近づいてくる。目的を果たせずここで死ぬ無念さと、ランドとルナがいればそれも良いかという諦めが瞬時に脳裏を走った瞬間。
 風が吹いた。落下していた体が横に滑るのがわかり、ロランはここぞとばかりに足を後ろへ伸ばす。体が安定し、マントが左右に、巨大な鳥の翼となって広がった。
(――飛んだ!?)
 あれほど下に引っ張られていたのが嘘のように、ロラン達はみるみる上昇していった。ランドの言っていた揚力がマントを捉えたのだ。マントに付いた青い宝石が淡く光り、広がった形を安定させる。ついに塔の高さまで昇っていた。
 仲間だと思ったのか、空を舞う海鳥達がそばに寄ってきた。羽根を風に細かくふるわせながら、彼らも風に乗っている。空は青く濃く、遠くの海はさらに青い。緑に輝く地平線がわずかに丸く見える。空から眺めると世界は丸いのだと、初めてロランは知った。
 しかし、夢のようなひとときも一瞬。3人分の重量のせいか、風のマントはすぐに滑空を始めた。それもかなりの速度で。
「――っ!!」
 3人は声を上げず、ただ目を見張っていた。風が耳のそばを通り過ぎ、着ている服が激しくはためく。だが、嵐の中にいるような騒がしさはない。これほどの飛翔速度にもかかわらず、意外なほど静かだった。
 細密画のように見える草原、森に海――あれほど牙を剥いていた海峡が、まるで青いリボンのようだ。それもあっという間に越えてしまった!
 自分達は間違いなく飛んでいるのだ。まるで鳥みたいに!
 装備や二人の重さも、今は感じない。風に体が支えられているおかげだ。
 厳かな気持ちでしばらく景色を見ていたが、やがてうれしさがこみ上げてきた。両脇にくっついているランドとルナも、同じように感じているだろうか。
 徐々に高度が下がり、対岸の地面が近くなってくると、ロランは上げていた足を下ろし、着陸の体勢を取った。マントがロランを包むように丸く広がり、落下の衝撃を抑えにかかる。ランドとルナも倣って、足を下ろした。
 3人は、ふわりと対岸の草原に降り立った。3人を下ろすと、膨らんでいたマントは元通りに垂れ下がる。
 飛翔は、わずか数分で終わった。いや、実際は数分より満たなかったかもしれない。
 3人は膝をふるわせ、呆然としていたが、やがて誰ともなく笑い出した。
「やったー! ぼくら飛んでたよ、ロラン!」
「ああ、怖かった! 落ちていく時は、もうだめかと思ったわよ!」
 感激と興奮がおさまらず、ランドとルナはまたロランに抱きついていた。二人を抱えて、ロランも笑い、バランスを崩して二人ごと草の上にあお向けに倒れる。それでも楽しくて仕方なかった。
 笑って笑って、涙が出た。ひとしきり笑い、3人はあお向けになったまま空を眺めていた。
「落ちてる時、思ったんだけどさ」
 思い出したように、ランドが言った。
「ここでルーラすれば、命は助かるかなって」
「あ」
 その手があったか。ロランとルナはきょとんとした。
「でもさ、やらなくてよかったよね。ちゃんとぼくら、飛べたんだしさ」
「そうだな……」
 飛翔はごく短い時間だったが、まだ感動が収まらないでいる。ロランは、いつかマントを使って一人で飛んでみたいと思った。3人であれだけ飛べるのなら、1人だともっと自由に舞うこともできるかもしれない。
「この調子でさ、もう少し行けるんじゃない?」
 ランドが体を起こし、近くに立つ北の塔を見上げた。ルナが少しうんざりする。
「また塔をのぼるの? もう薬草もあまりないわよ」
「でも歩く距離を稼げるな」
 ロランの一言で決まり、3人はドラゴンの角北の塔をのぼることにした。
 構造は南側の塔と違い、吹き抜けではなく床が各階層にあった。3階まで来た時、ロランは床に何か落ちているのを見つけた。透明な細い糸のようなものだ。手袋を外し、指でつまんでみると、かすかに冷たい。
「なんだろう、これ」
「よく見たら、糸の中に水が流れてるよ。不思議だなあ」
 ランドも糸を目の前に垂らしてまじまじと見つめた。
「拾っていきましょうよ。きれいだし、何か魔法の道具なのかも」
 ルナが鞄から糸巻きを出し、糸を器用に巻きつけた。
 そして3人は頂上まで来ると、再び風のマントで飛んだ。
 絶対に落ちないと証明されていれば、余裕も出てくる。南側の塔の時と同じようにマントは風を受け、塔から遠く離れた草原まで3人を運んでくれた。この時は3人とも歓声を上げて、短い空の旅を楽しんだのだった。