蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・45

 砂漠に入ると、一気に気温が上昇した。靴の裏からも熱気が伝わってくる。土や草がないだけで、こうも変わるのかと思った。 
「この砂の上に鍋をおいてみたいなぁ。卵が焼けるかもしれないよ」
 顔を真っ赤に火照らせてランドがのんきなことを言うと、ルナが軽くにらみつけた。
「卵、腐るから持ってきてないじゃない。――あ、でもお肉を焼いたらおいしいかもね」
「二人とも食べ物の話ばかりじゃないか……。少しはチルとルチルを見習えよ」
 ロランが言うと、言葉がわかったのか、馬達は軽く首を振って楽しげにいなないた。

「それにしても、暑いな。中に着た鎖帷子が冗談じゃなくオーブンみたいになってきたぞ」

 ロランは歩きながら、服の上から鎖帷子に触れた。汗に濡れた無数の鎖がじっとりと肌を熱して気持ちが悪い。

「脱いじゃったら? 上に着たらいいでしょ」

「いや、そうすると本当に鎖帷子で卵や肉が焼けるからだめだ」

 ルナの提案に、大真面目でロランは反対した。えー、とルナが唇をとがらせる。

「火を起こす手間が省けていいんじゃない?」

「あのなあ……」

「うっかりぼくらの手が網焼きステーキになりたくないもんねえ」

 ランドが笑う。それもそうね、とルナは納得したが、その様子だと本気で鎖帷子をフライパン代わりにしたかったようだ。

(ルナらしいな)

 ロランは軽く笑って、熱気に揺らめく砂の彼方を見つめた。

 もし一人きりでこの砂漠を渡らなければならないとしたら、とても気持ちが持たなかっただろう。過酷な暑さや戦いだけではなく、ひとりぼっちで歩きつづけなければならないことに、きっとくじけていた。

(二人がいてくれてよかった、本当に……)

「おーい、ロラン、早くおいでよー」

 気がつくとランドが少し離れた所で手を振っていた。ロランは手を振り返すと、足にまとわりつく砂を蹴って二人の元へ走り出した。

 

◆ 


 たまに襲ってくるのは、砂漠で行き倒れたらしい死体が魔物化したリビングデッド、それにマンイーターが主である。こんな砂地でどうやって生きているのか、お化けねずみやマンドリルも襲ってきた。
 ランドとルナは魔力を使い切らないよう、慎重に計算しながら魔法を使って戦った。ロランは二人の負担が減るよう全面に出て戦い、時には二人に防御させて休ませた。
 日中は灼熱だったが、夜になると冬のように冷え込んだ。毛皮で裏打ちされた外套を用意してくれたイスカル司教の準備の良さに、どれだけ感謝したか知れない。
 ロラン達は大きな砂丘の陰でその夜を過ごすことにした。外套を着、身を寄せ合うようにして毛布を下に敷いて座る。ランドが荷物から薪を出し、魔法で小さなたき火を作った。
「なんていうか……司教に助けられてばかりだな。いや、僕らの用意が足りなさすぎたってだけか」
 ロランは堅く焼いたパンをナイフで3人分切り分けながらつぶやいた。たき火に鍋をかけ、肉の燻製でスープを作りながら、ルナも苦笑する。
「ほんと。私達、まだまだ世間知らずね」
「わあ、よせよ。順番だってば」
 ランドが荷物を降ろして楽にさせ、馬達にブラシをかけ始めた。じゃれてきたのを、うれしがって笑っている。それを見て、ロランも少し笑った。その横顔をルナが眺めていたことに気づき、目を合わせる。
「何?」
「ううん、なんでもない」
 ルナは笑って、ランドを呼んだ。できた熱々のスープに堅パンをひたし、3人は息を吹いて冷ましながら、ゆっくり食べた。食べ終わると、寝ている間に魔物が寄りつかないよう、あたりに聖水を振りまき、馬達に見守られるようにして眠った。

 


 それからさらに数日かけて西へ進むと、見慣れぬ木々が生えた場所が見えてきた。どうやら小さな湖もあるようだ。
「あれがオアシスよ。この砂漠も半分まで来られたわね」
 うれしそうにルナが指さす。ロランとランドも、額の汗を拭ってその地を見つめた。
「ここからまた、半分か……」
「でも砂漠は、もうすぐ終わりだね」
 ローレシアから振り返れば、それこそ世界の半分以上を踏破したことになるが、ロランにその実感はなかった。ただ、あっという間に来てしまった気がするだけだ。
 オアシスには、石で造られた背丈の低い建物が半分朽ちて並んでいた。確かにここは町だったのだ。大半が吹きつける砂に埋もれ、生命の影は湖のほとりに生える草と、光沢のある切れ込みの入った葉の植物――ヤシの木だとルナが教えた――しか見当たらなかった。
「今日はここで休もう。まだ日は高いけど」
「そうね。あ、私お洗濯したいわ!」
 ロランの提案に、ルナが手を打って賛成した。
「ほらほら、あんた達全部脱いで! 洗っちゃうから」
「えー、全部?」
 ランドが身をかばうような仕草をする。おかしくて、ロランは笑った。
「ルナはやる気だぞ。ここは甘えて、洗ってもらおう。その間にこっちは水浴びしてればいいさ」
「あ、そうだね。手伝わなくていい?」
 ランドが気遣いを見せると、ルナは笑った。
「いいわよ。あんたに任せると遅いし、ロランは力が強すぎてやぶいちゃうから。ほら、あっちで脱いできて」
 ヤシの木陰で、ロランとランドは鎖かたびらと服を脱いだ。久しぶりに外気が肌に当たり、汗が風に気化してすっと涼しくなる。
 下履きだけになると、二人でそろそろと湖に足を浸けた。火照った足に水は氷のように刺さったが、次第に慣れて、足首を柔らかく包みこむ。
 離れた所で、腕まくりしたルナが石鹸を使って服などを洗い始めた。ルナから少し距離を置いて、荷を解かれた馬達がおいしそうに湖に口をつけている。ロランとランドは胸の深さまで入ると、手布を使って顔や体をこすり、全身にまとわりつく砂を落とした。
「うー、冷たいっ」
「潜っちゃえば気にならないぞ」
 身震いしたランドに、ロランは笑い掛けた。
「ぼく、泳げないんだ。大丈夫かな……」
 ランドが途方に暮れて水面を見つめる。途端に、ロランはいたずら心が起きた。
「息止めて、まずは水の中にしゃがんでみろよ」
 手本を見せて、勢いよく息を吸いこみ、水に潜る。そのまま水面に出ようとしない。
「あれ? ロラン?」
 水は澄んでいたが、ランドはロランを捜せず、きょろきょろと見回した。その間に、ロランはランドの後ろに泳いで回り込んでいた。青い水にゆらぐ白く細い足にわっと組み付く。
「うわわっ!」
 驚いたランドが足を踏みかえようとして反り返り、ざぶんと派手に転倒した。溺れる前にすかさず抱きかかえ、ロランは水面に顔を出した。
「うわっぷ!――ロラン、そこにいたの?」
 怒りもせずきょとんとするランドがおかしくて、ロランは久しぶりに声を上げて笑っていた。
「いたよ。すぐそばに」
「教えてくれればよかったのに。びっくりしちゃったよ」
「それじゃ、おどかしっこにならないだろ?」
 軽く唇をとがらせるランドに、笑いながら答えた。ランドはいつもこうだ。滅多にイライラしたり、怒ったりしない。そういうことがあっても、相手を責めず、どこかずれた受け答えをする。
 だから――ムーンブルク城でキースが亡くなった時、ロランに怒ったのはとても珍しいことだったのだ。ランドにとってそれほどの出来事だったが、ロランにとっても、そのことは少なからず胸に痛かった。幼いころランドと出会って以来、一度もなかったことだったから。
 その時のことを思い出して、また忘れていた痛みが甦った。誰も傷つけたくないのに、意図せずしてそんなことがある。それでも友達でいてくれるランドは、自分よりも遙かに器が大きいのかもしれないと思う。
 と、ぼんやりしていたら、目の前にランドがいなかった。
「――あれ? ラン――」
 振り返り、名前を最後まで言う前に、足を引きずり込まれていた。盛大に上げたしぶきと水泡の中、赤みがかった金髪が揺らぐのが見える。
「このっ、やったな!」
 ざばっと水面から顔を出して、笑って怒鳴れば、同じく顔を出したランドもおかしそうに言い返す。
「お返しだよ」