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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・44

「黙っててごめんなさいね。確証がなかったから、あえて言わなかったの。期待して来て、だめだったらがっかりしちゃうでしょ?」
「それはいいけど、旅の扉が使えると良かったのか?」
 ロランが言うと、ルナは少し肩をすくめた。
「ええ。ドラゴンの角に行かなくて済んだはずなの。ここの旅の扉を経由すれば、ルプガナのある半島へ移れたのよ」
 旅の扉とは、足を踏み入れた者を遠く離れた別の場所へ移動させる魔法装置のことである。勇者ロトが降臨した時代から存在するが、その製法と原理は不明だ。床に青くゆらめく光の渦として存在し、消したり動かすことはできない。
 旅の扉は、行き来ができる地点とつながっており、対応した場所にも同じく旅の扉がある。これらは世界各地に存在し、人々は船などを使わずとも離れた地へ行ける手段として利用してきたのだ。
 ロランも、実は旅の扉に慣れ親しんでいた。なぜなら、それがローレシア城の中庭に堂々とあるからだ。
 ローレシア1世が初めてこの地を訪れた時に、古びた祠(ほこら)の中にすでに存在しており、それを城ごと包み込んだのが現在の状態である。
 この旅の扉は、遠く離れた南方の孤島につながっていて、ローレシア王が代々休暇を楽しむ場所とし、別邸も造られていた。人がむやみに入って行方不明にならないよう、旅の扉のそばには番人である魔法使いの老爺がいる。
 マルモアのお目付けや勉強が嫌になった時など、ロランは彼にこっそり頼んで、旅の扉へ逃がしてもらったものだ。
 そこへ訪れた時は、ローレシアとは違う海と空の色を飽きることなく眺めていた。
 王子の見守り役として、番人の老爺も島までついてきたが、ロランが帰るまで何も言わず待っていてくれた。――戻ると必ず、仏頂面のマルモアが待ち受けていたが。
 ロランの使い方は特殊だったが、旅の扉が世界を結ぶ網の目経路だったことは事実である。人をおびやかす魔物が世界を跋扈(ばっこ)しているせいか、国同士の争いというものが世界の歴史にはなかった。人同士と争うより、魔物から生活を守る方が急務だったからだ。
 国家が少ないことも、旅の扉が政策や戦争に使われなかった一因である。
 だが現在、世界中の旅の扉は金の鍵で厳重に封じられていると、司教は言った。
「わたくしがここの番人を務めた時から金の鍵で封鎖され、旅の扉は使えない状態でした。ローレシア1世の時代には、まだ金の鍵が流通していたようですが、あいにく時の流れの中で、この聖堂で管理していた鍵は紛失してしまったようです」
「また金の鍵か……」
 ロランはつぶやいていた。ランドが以前金の鍵について教えてくれたが、ラダトームから発祥した魔法の鍵は、世界のあちこちで鍵をかけてしまったらしい。
「行ってみるしかないね、ドラゴンの角」
 ランドが言い、手近にいた馬の鼻を優しくなでる。馬はランドを気に入ったのか、大きな鼻面を寄せてきた。くすぐったいよ、とランドが笑った。

 

 砂漠越えに必要な分の水と食料も、司教が馬に積んでくれた。
 借りた馬は2頭。チルとルチルの姉妹馬だ。どちらも気が優しく、先程ランドに懐いてくれたのは妹馬のルチルである。
「砂漠馬は賢く、帰巣本能も強いので、自分のねぐらまでの道を覚えて自力で帰ってこられます」
 だから、目的地まで着いたら乗り捨ててよいのだと司教は言った。
「この背のこぶに脂肪と栄養をたくわえているので、あまり餌を食べなくても歩けます。魔物に襲われにくいよう、守りの鈴も鞍に付けましたから。役目が終わって放す時は、聖水をこの子らにかけてあげてください。それで魔物が寄りつきませんので」
「わかりました。ご厚意、感謝いたします」
 ロランが代表して礼を述べる。司教が先導し、ロラン達は馬を連れて再び地下聖堂へ入った。聖堂の入り口が巨大だったのは、この馬が行き来できるように造られていたからだ。
 昔は砂漠馬に荷物を積んだ人々がにぎやかに往来していたのだと思うと、今のさびれ方が心に浸みた。
 チルとルチルは、かつて彼女らの先祖が旅した道を、まだ歩いていない。だが、穏やかな瞳に不安はなかった。
「では、旅のご無事をお祈りしております」
「司教様、ありがとうございました。行ってまいります」
 島と大陸をつなぐもう片方の聖堂の出口まで、司教が見送ってくれた。ルナがあいさつをし、ロランとランドも頭を下げる。旅立ちを喜ぶように、馬達がいなないた。

 



 聖堂を出てしばらくは、草原が続いた。気候もよく、たまに雨も降ったが、足取りを止めるまでには至らない。馬達はたくさんの荷物にへこたれる様子も見せず、元気よく歩いた。
 今までロラン達が馬を使わなかったのは、馬が魔物に襲われることを恐れたからである。それに、洞窟など足場の悪い場所ではかえって足手まといにもなってしまう。

 苦楽を共にしていると、どうしても情が移る。名前を付けなければいいと言う者もいるが、動物すべてに愛情を持ってしまうロラン達には、それは難しいことだった。
 しかし馬車くらいあってもいいかもなと、ロランも考えてしまう。歩くのが楽になるし、何より食料に神経を使う頻度が減るだろう。
 イスカル司教が馬に着けた守りの鈴が、歩くたびに愛らしく澄んだ音色を立てた。人が身に着ければ、眠りや魔封じの魔法にかかりにくくなるという。ロラン達もそれは欲しいところだったが、これはチルとルチルの物だ。あとで買えるようなら、自力で調達せねばなるまい。
 魔除けの効果あってか、魔物の出現も少なかった。たまに、毒々しい赤い花に牙だらけの口を持った植物の魔物マンイーターが襲ってきたが、馬は度胸もあったらしく、動揺して逃げたりしなかった。
「このまま一緒に行けたらいいのにね」
 日差しの中を歩きながら、ランドがルチルを見上げる。そうだな、とロランもチルを見た。無理とわかっていても、そう思わずにはいられない。
「砂漠が見えてきたわ」
 ルナが前方を見て言った。草原が途切れ、広大な砂丘が地平線に広がっている。
「ここからずっと西に行けば、オアシスがあるはずよ。まずはそこを目指しましょう。昔はそこにバザーがあってにぎやかだったみたいね」
「昔は、か……。なんか、昔の話ばかりしてる気がするな」
 聖堂で思ったことが、つい口に出た。どこか苦いロランの横顔を、ルナが見やる。
「そうね。でもそれが現実なんだから、仕方ないわ」
「そうだけど……そうじゃなくて」
 ロランは小さくかぶりを振った。
「なんでもない」
 廃れていく世界を、王族である自分達がこれから繁栄させていこう、などとは軽々しくも言えなかった。
 仕方ないと言い切ったルナも、そこは勘づいているのかもしれない。
 自分が王女であっても、殺された城や町の人々には何もできなかった。苦汁をなめているムーンペタの難民にも、ルナは結局、名乗ることを避けた。
 ハーゴンを倒し、邪教を滅ぼしてからでも遅くないと、最後に町を出た時に言ったのである。
 ――それが、ロトの子孫として……私ができることだから。
 無力であるという意味を、ルナ自身が一番よくわかっている。だから割り切ることもできるのだ。
 僕はどうしたいんだろう、とロランは考える。王子としての自分がすべきことは決まっている。ハーゴンを倒し、世に平穏をもたらすこと。そして、いずれ父の後を継ぎ、ローレシアの地を治めていくこと。
 だがロランは、用意されたその答えに、あえて目を背けた。