蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・39

 ムーンペタから北上して数日後、3人はムーンブルク東側にある百里が浜を歩いていた。砂浜が半島の半分以上続くので、百里が浜と呼ばれている。
 日差しは強く、ルナは日焼けを嫌って頭巾を目元まで降ろしている。ロランは細かい砂を歩きながら、潮風を胸一杯に吸いこんだ。
「いいな、この匂い。落ち着くよ」
ローレシア城は海の近くだもんね。お城でごちそうになった海鮮料理、おいしかったなあ」
 ランドも遠い目をして頬を緩めた。ぎりぎりまで食料を節約しているので、3人ともいつも腹ぺこなのである。おかげで皆、体つきは余分な脂肪もなく引き締まったが、歩いている間は食べ物のことばかり考えてしまうという、若干情けない状態が続いていた。
「食べ物のことは言わないでよ。実際、かなり厳しくなってきてるんだから……」
 だいぶ軽くなってしまった鞄に手をやり、ルナがとがめるように言った。
「あんた達って意外と大食らいだから、食料の減りが早いのよね。塔までもつか不安だわ」
「ご、ごめん」
「だって、ルナの料理、おいしいからさ。つい」
 ロランとランドが苦笑して謝る。しかしお世辞ではなく、ルナは料理が上手だった。乾し肉や干し魚などで、簡素ながらおいしいスープを作り、野営場所に食べられる草や木の実を見つけられれば、それを使ってもう一品追加もした。今まで、ある物をありのままに――早い話、そのままかじっていた二人には、ありがたい家庭の味であり、ごちそうであった。
 ルナいわく、ちゃんとした材料があれば、もっとおいしいものが作れるという。魔法だけでなく、家事や料理も修業していたらしい。
 温かい食事は気持ちもゆとりを持たせてくれる。たき火を囲んで、3人でお茶を飲みながら語り合う時間が、ロランは好きだった。
「そうだ、あなた達、魚釣りなさいよ」
 目を輝かせ、ルナが言い出した。二人は顔を見合わせた。
「ちょうど乾し肉も少なくなってきてるし。お魚があれば、乾燥させて持って行けるわ!」
「釣り竿ならたしなみとして持って来てるけど……、ここ、砂浜だよ?」
 と、ランドが言った。野営して食料調達できるようにと、荷物の中には伸縮式の釣り竿と針も備えていた。ロランは釣りが得意だが、砂浜で釣ったことはない。臣下に見守られながら、船上で沖釣りをたしなんだことがあるだけだ。
「大丈夫よ、ほら、あそこに岩場があるわ。糸なら、私お裁縫の持ってるし」
 張り切ってルナが岩場を指さす。砂浜の途中に、海水が入り込む岩礁があった。
 やるしかないか……ロランとランドは小さくため息をついた。ルナが二人を呼ぶ時、いつの間にか「あんた達」になっている。小さい時は、二人のことを「ちゃん」付けで呼んでいたし、もう少しおしとやかだった気もするのだが。
 急ぐ旅だったが、食料調達は大切だ。ロランとランドは岩場の水たまりに降りて、魚の餌になりそうな虫を探し始めた。
「ちょっと、まだ釣らないの? もうお昼になっちゃうわよ」
 腰をかがめている二人を、ルナがのぞき込む。ランドが石をひっくり返した瞬間と重なった。
「あ、いたいた。ロラン、これ使えるんじゃない?」
「ああ、活きの良いザザ虫だ」
「きゃー!」
 石の下にうぞうぞと大勢うごめく、黒く小さな多足動物を見て、ルナが絶叫した。
「なんだよ、大声出して。全然毒とかないったら」
「いやーっ! バカ―ッ、近づけないでっ!」
 ロランが手のひらに虫を載せて振り向くと、ルナは鬼のような形相で杖を振り回し、反対方向へと駆けだした。と、彼女の前方で、砂の塊が爆発したように噴出する。青黒い甲殻に無数の足。鎧ムカデの亜種、兜ムカデが現れたのだ。
「ロラン!」
「ああ、行くぞ!」
 ランドとロランは武器を抜いてルナの元へ走る。しかしルナは、蒼白かつ冷徹に呪文を詠唱していた。
「バギ!」
 ルナのローブがはためき、真空の刃が兜ムカデを取り巻く。体中を切り裂かれ、毒を持った鉄色の大顎を鳴らしながら、兜ムカデは身もだえた。ロランがうねる背に切りつける。鎧ムカデより固い甲殻は、ロランでも刃を表面に滑らせるだけだった。
「ギラ!」
 長期戦を避けるため、ランドはやむを得ず攻撃呪文を放った。炎に包まれ、兜ムカデは3人に痛手を与えることなく絶命した。
「ああ、びっくりした……」
 ランドが額の汗を手袋をした手の甲で拭う。ロランは、ぺたりと尻を着けて砂浜に座り込んだルナに近づいた。
「ルナ、大丈夫か?」
「……らなかった」
「え?」
 ロランが差し出した手も取らず、ルナは杖を支えに声を潤ませた。
「知らなかった……お魚が、あんな気持ち悪い虫を餌にして釣れるなんてっ……!」
 近寄ってきたランドともども目を見合わせ、ロランは吹きだした。
「気持ち悪いなんて、虫に失礼だよ。でもルナが、虫が苦手だったなんて知らなかったな。昔はよく、一緒に蝶とか捕まえてたじゃないか」
「ちょうちょはいいの。きれいだもの」
「兜ムカデも平気なんだ? かなり冷静にやっつけてたけど」
 ランドが茶化すと、ルナはきつく見返し、怒鳴った。
「大きいのはいいのよっ! 小さくてうぞうぞしてるのがだめなのっ!」
 昔はこんなんじゃ……いや、ちっとも変りなし、か。ロランとランドは


 餌の虫を恐れるルナを近くに待たせ、ロランとランドは岩礁で釣り竿を振った。ちょうど時期だったのか、魚の群れが来ていたので、ほとんど入れ食い状態で釣ることができた。
 ルナは、釣った魚をナイフできれいにさばいた。だがその胃から餌にした虫が出ると大騒ぎしたので、ロランとランドも内臓取りを手伝った。
 その日は、近くの木陰で野営をした。新鮮な魚をあぶって食べ、久しぶりに3人はおなかが一杯になった。
「これじゃ、一夜干しだわね」
 翌朝、岩場に乾しておいた魚の開きを見て、ルナがうーんとうなった。
 本当は何日もかけてじっくり乾すのが理想なのだが、その場にじっとしてもいられない。
「……なんかさあ、これいけなくない?」
「かえって魔物を引き付けそうだよな……」
 情けない顔をして、ランドとロランはささやき合う。二人の背負う荷物には、口とエラにひもを通した魚の開きが何匹もぶらさがっている。
「これで、歩いてる間に干物のできあがりよ。我ながらいい考えよね」
 後ろを行くルナは満足そうだ。ルナは魚をしょっていない。においが付くからである。

 ルナも分担して持つと言ったのだが、さすがにロランとランドが全部持つことにした。三国一、いや世界にもその美しさを謳われるルナなのである。音に聞こえる美少女が、生臭いにおいをさせている姿は、二人とて見たくはなかった。
「これじゃ魚の行商みたいだ」
「……歴代ロトの王家でも、こんな格好で歩いた人はいないかもね……」

 ルナが思いのほかしっかり者で助かるが、これが現実の旅なんだな、と二人は思った。どんなに優れたいさおしがあっても、過去の勇者達はこうして、飢えに苦しみながら歩いたこともあったのだろう。

 改めてすごいな、とロランは思った。危険を冒して戦うだけでなく、淡々と目的に向かって歩み続ける意思の強さを。

(世界って本当に広いんだなあ……)

 どこまでも続く白い砂浜と青空を見て、ロランはほっと息をついた。