蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・38

 風の塔。そこに、いにしえ人(びと)が作った〈風のマント〉があるかもしれないと、ルナは言った。
 風のマントは、身に着けて高い所から飛び降りると、風をはらんである程度の距離を滑空できるのだという。とても軽い素材で仕立てられている上、そうなるよう、何らかの魔法がかかっているらしい。
 空を飛んでの移動のためというより、高所作業用に作られたものではないかと、ルナは推測した。風の塔をはじめとする、現在も世界各地に残っている巨大構造物は、そういった魔法の道具を用いられて造られたのだろう、と。
 風のマントの効果なら足場を踏み外しても命は助かるし、海峡もひとっ飛びで越えて行き来できる。
 ほかにも、人力では何年もかかりそうな巨大な石材の運搬方法など、ロラン達には考えもつかないような高度な技術が大昔にはあったのだ。
 偶然にも、ラーの鏡を見つける道のりで、ロラン達はその塔を見つけていた。
 だが、そこへ至る道が難関に思われた。
 塔へは、ムーンペタを北東へ進んでムーンブルク大陸の北側から海岸沿いに南へ下り、南の森林地帯に入って西へ進まなければならない。地図で見ただけでも、気が遠くなるような道のりだった。
 平地がなく、海岸線のすぐそばには、切り立つ山脈がまるで背骨のようにムーンブルク大陸を縦断している。東側には人里もないので、船もめったに寄りつかない。
 馬車を用意できれば、食料などの物資も安全かつ大量に運べて助かるのだが、地形を考えればそれも無理そうだった。
 食料は限界まで持ち、ぎりぎりまで切り詰めるしかない。あとは3人の足の速さと体力が勝負だった。


 力のあるロランが一番多くの荷物を背負い、それでも足取りは乱さず先頭を歩く。ムーンペタで新たに買った鋼鉄の盾も携えているのに、息も切らさない。
 少し後ろを歩くのは、ランドとルナ。二人も持てるだけの物を持っている。長時間手に持っていると歩きにくいので、ランドはベルトを使って鉄の槍を背にくくりつけ、ルナも、肩掛けベルト付きの皮の鞘に入れた杖を横にして下げている。
「ロラン~、リンゴ食べる?」
 歩きながらランドが訊けば、ロランは「おう」と、軽く振り向いて手を掲げた。ランドが、肩から提げた鞄から青リンゴを取り出し、ロランに放る。ぱしっと小気味よい音を立て、ロランはリンゴを受けとめた。服の裾にこすりつけてから、白い歯を勢いよく立てる。
「ルナも」
「ありがと」
 ランドが2個目を放ると、ルナは怖がらず受け取った。両手で持っておいしそうにかじる。
「……あ。ぼくの分がない」
 歩きながら鞄を探っていたランドが、情けなさそうな顔をした。ロランが笑って、リンゴのへたと尻の所に両手をかけた。透明な果汁がしぶき、半分に割れる。
「ほら」
「えへへ……ありがとう」
 ロランがランドに歯形の付いていない方を差し出し、ランドがニコニコしながら受け取ろうとした時、近くのしげみが激しく鳴った。
マンドリルだ!」
「え?――あわわっ!」
 ロランが食べかけのリンゴを鞄に押し込み、背中の鋼鉄の剣を抜いた。ランドは驚いてリンゴを両手でお手玉し、ついに放り出してしまう。
「ぼくのリンゴ!」
 しげみや木の上から、強い獣臭がした。木の葉をまとわりつかせて現れたのは、太った大猿の魔物、マンドリルである。3匹もいた。外見通りの怪力を誇り、並の戦士では毛皮に傷も付けられない。
 森の中に集団で現れることが多く、遭遇した多数の旅人が犠牲になっていて、ムーンブルクの処刑人とあだ名されるほど恐れられているのだ。
 マンドリルの一匹が、ランドの落としたリンゴを長い指でつまみ、口に入れた。気に入ったらしく、甲高い声でほうほうと吠える。残る2匹がロランとルナへ襲いかかった。リンゴが目当てらしい。
 ルナも自分の分を鞄に入れ、杖を鞘から外して構えると、素早く精神を集中させた。バギの呪文による真空の刃がマンドリル達を襲い、うち一匹が喉笛を切り裂かれて絶命する。
「はあっ!」
 気合をこめ、ロランが鋼鉄の剣をもう一匹に振り下ろした。肩を切り裂かれ、逆上したその一匹が太い腕をロランに叩きつける。とっさに盾で受けとめたが、盾を持った腕を通して、衝撃が全身を襲った。
ホイミ!」
 後ろの方でランドの声がした。瞬時にロランのしびれかけていた腕が元に戻った。ロランは剣を握り直し、目の前の魔物にとどめを刺した。
 ランドはロランを指していた手を戻すと、鉄の槍を構えた。被術者――呪文を受ける側に、近くで手をかざさずとも、示すだけでその効果を届けられるまでに上達していたのである。要領は攻撃魔法と同じだった。
 しかし魔道士の杖をルナにあげたのはちょっとまずかったかなと、残る一匹相手に軽快に立ち回りながら、ランドは思った。鉄の槍を繰り出すも、ランドの腕力では突き刺すまでに至らない。毛皮の表面を切り裂くだけだ。ロランなら、心臓をひと突きなどたやすいだろうに。
 塔に着くまで、魔法力は温存しておきたかった。ここでギラの呪文が使えたら――しきりに汚れた黒い爪で引っ掻いてくる大猿を相手に、ランドは悔しいような気持ちになっていた。
 そこへ、勢いよく火球が飛び、マンドリルの横面を張る。ルナが魔道士の杖を使ったのだ。のけぞった隙を突いてロランが懐に飛び込み、剣を突き立てた。
「終わったな」
 剣を一振りして赤黒い血を払い、ロランは背の鞘に収める。ルナが、魔物が消えて残していったゴールドを拾い集めている。ランドは手にした鉄の槍を見つめた。
「……大丈夫か?」
 かたわらにロランが来て、のぞきこんだ。ランドは鷹揚(おうよう)に笑ってみせた。
「平気。なんともないよ」
「そうか。さっきのホイミ、助かったよ。ありがとな」
「うん」
 肩をたたかれ、ランドは微笑んだ。

 ――3人にから少し離れた所にタホドラキーが一匹、木の枝に逆さにつかまって一部始終を見ていた。タホドラキーの丸い目は、ランドに釘付けになっていたが、やがて枝を離れて羽ばたき、いずこかへと姿を消した。