蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・35

【決意】

 フィリアの宿にルナを連れて行くと、フィリアはもちろんルナの顔を覚えていて、涙を流して無事を喜んだ。
 心づくしのもてなしに、ロランとランドの疲れも癒されたが、ルナの表情は硬いままだった。
 翌朝すぐに、ルナはムーンブルク城へ行きたいと二人に頼んだ。断る理由はなかった。
「ランド、その杖ルナにあげろよ。ルナだって手ぶらじゃ、何かと不便だろう」
 町を出る時にロランが言うと、ランドは「え~っ」と魔道士の杖とルナを見比べた。ルナは、茶目っ気で肩をすくませてみせる。
「あら、別に私はいいわよ。殴る腕力なんてないし、魔法は杖なしでもできるから」
「いや、あげるよ。魔法使いに杖がないんじゃ、様にならないもんね」
 思い切ったように、ランドは杖をルナに差し出した。
「本当にいいの?」
「うん。僕にはほら、鉄の槍がお似合いさ」
 冗談めかしてやけっぱちのように言うが、鉄の槍を左右に回転させてみせるランドの力量もかなりのものだ。ルナは安心して杖を受け取った。
「ありがと」
 ムーンペタの町から、再びロラン達はムーンブルク城へ歩いて向かった。細い体だがルナの足は速く、さほど日数をかけずに城へと到達する。
 着いたのは夕方だった。日が陰ると、瘴気に沈んだ都はますます近寄りがたいものになる。だがルナは、毅然と顔を上げて、まっすぐ城へと向かった。
 無数の遺体が折り重なる廃墟の町を、ルナは杖を抱えて進む。ロランとランドは無言で後を行く。最初に訪れた時は、昼間だったので現れなかったのだろう。日が落ちた今は、町中に鬼火がしきりに飛び交っていた。声なき声が、苦悶の叫びを上げて苦痛を訴え続けている。
 一人一人が、どんな苦しみを受けて命をもがれたのか、想像するだけで身がすくみそうになる。自分が安穏としていた時に、ムーンブルク城の人々は、ルナは、地獄を見てきたのだ……。
 破壊された教会を見て、ロランは天を仰いだ。瘴気に覆われた空は、ただの闇だった。
 多くの人が神に守ってくれと祈っただろう。だが、神は何もしなかった。
(人々の祈りに、勇者は現れる――)
 父が言っていた言葉が、ふと脳裏をよぎった。
 やがて三人はムーンブルク城へと入った。ルナはずっと黙っていた。迷うことなく謁見の間に行く。王の魂は、玉座の前で燃え続けていた。
「――お父さま!」
 炎を見つけたとたん、ルナは走り出していた。
(誰かそこにいるのか……?)
 身をよじるように燃えながら、王の魂は言った。ルナが悲痛に叫んだ。
「お父さま、私はここにいますわ!」
 おお、と王はすすり泣きをもらした。
(気配は感ずるというのに……わしにはもう、何も見えぬ。何も聞こえぬ……。ああ、ここは何と暗く、寒い所であろう……)
「そんな……」
 ルナは両手を伸ばし、炎に触れた。杖が落ちて固い音を立てる。手は炎をすり抜けていた。熱くも冷たくもなかった。この世にいながら縛り付けられている魂は、永遠の闇の牢獄に囚われているのだった。
「ルナ……」
 呆然と両手を見つめるルナに、ロランがそっと声をかけた。
「君に、会ってほしい人がいるんだ」
 


 その場所に近づくにつれ、ルナの面持ちは冷たく凍りついていった。ルナよりもランドが先に、小走りで急ぐ。
「そうだ、あの人無事でいるよね?」
 秘密の地下室へランドが駆け降りる。その顔が喜びに輝いた。
「よかった、無事だ!」
 嬉々としてランドは、壁際に寄りかかって座っている騎士へ駆け寄った。
「大丈夫でしたか? さあ、ルナを連れてきましたよ!」
 ロランは騎士の手元を見やった。ここを発つ前にランドが置いて行った薬草や食料は、まったく手を付けられていなかった。ロランの瞳が悲痛に細められる。
「キース……?」
 ルナが、幽霊でも見るように騎士を凝視した。騎士は――キースは、ぼんやりと顔を上げた。ルナを見つけて、何度も安堵したようにうなずいた。
「姫様……そうですか、そうですか……」
「キース!」
 ルナは駆け寄り、キースの傍らにひざまずいた。その勢いに、ランドが押し出される格好になる。
「し、知り合い?」
 ロランのそばに戻ってきて耳打ちしてきたが、ロランは黙っていた。
「キース、ああ、ごめんなさい……。私のせいで、こんなに傷ついて……!」
 ルナの白い手が、青ざめたキースの頬をなでる。その手つき、そのまなざしに、ロランは胸がざわつく思いがした。そういう風にしてほしくないと思った。
 その、初めて胸に芽生えた嫌な感情に、ロランは、心の奥で大切にしていたルナへの印象が壊れていく気がした。
 ラーの鏡で見たルナが、ひどく大人びて美しく見えたのは、キースのせいなのだ。
「いいえ。姫様を守ることこそ、私の使命。姫様は私の命そのものですから……。ここに、ロラン王子とランド王子が来てくださって、本当に良かった。両殿下に姫様の呪いを解く方法を託しました。やはりロトの子孫の方々……さすがでございます」
「ええ。二人が私を助けてくれたの。でも、あなたのおかげでもあったのね」
 ルナの顔を間近に、キースはいとおしげに眼元を笑ませた。
「これで私も……安心できる。ロラン様、ランド様……どうかルナ様をお守りください……」
「……キース?」
 キースの両手を握りしめたルナが、ある疑いに目を見開いた。キースは微笑んだ。この上なく優しく。そして、血の気のない唇が、ルナにだけ聞こえる声で、短い言葉をささやく。
 ルナの両目から、涙がこぼれ落ちた。
 透明なしずくがキースの胸元に落ちると、それを待っていたかのように、キースの体が土になって崩れた。代わりに、赤々と燃える炎が、しばらくルナを見つめるように燃え――やがてそれも消える。
「キース……!」
 ルナは愛する男だった土くれを両手で何度も探った。現実を理解するのは早かった。深紅の瞳から、とめどなく涙がこぼれる。