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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・34

 ルナは、ムーンペタの教会付近に二人を連れてきた。そこには天幕がいくつか張られていて、数十人の人々が生活しているようだった。
 ロランとランドはすぐにわかった。ムーンブルク城下町から逃げてきた難民の仮住まいだということに。
 教会から数人の尼僧が出てきて、炊き出しを始めた。みすぼらしい服装の人々が列を作る。母親と並ぶ小さな女の子が、親指をしゃぶりながらぐずっていた。
「おかあさん、しろいワンちゃん、きょうはこないの?」
 母親は疲れた顔を笑ませて、慰める。
「そうね。もしかしたら、自分のおうちに帰っちゃったのかもね」
 やだやだ、と女の子がべそをかいた。それを遠目で見守るルナが、きつく唇を噛む。泣くのをこらえているのだった。
「ルナ……ここに来ていたのか?」
 ロランがそっと尋ねると、ルナは小さくうなずいた。
「犬に変えられてこの町に飛ばされて……飢え死にしそうだった時に、ここの教会の方に助けてもらったの。その時、知ったのよ。難民避難所のこと」
 ロランは悲痛に天幕の群れを見た。ローレシアの城下町にも難民施設を置いている。滞在が長期化しているため、街門近くに設置していた天幕を取り払って、空き家や民宿などを借り入れ、そこに住まわせている。
 しかしムーンペタの町では受け入れが急だったこともあり、まだこのような措置しかできないのだろう。
「もし……ルナが無事だってわかったら、みんな喜ぶんじゃないかな?」
 ランドが言うと、ルナは痛々しく棘を含んで笑った。
「ここにいるみんなに、パンを配ることもできないのに? もとはと言えば、お父様がハーゴンの手下を城に入れたのが壊滅の原因だったのよ。恨まれこそすれ、感謝なんてされるわけがないわ」
 ランドが傷ついた目をして黙った。ルナは目を伏せ、ごめんなさいと言った。
「それでも……ロト王家を純粋に信じてくれる人もいる」
 フィリアの顔が思い浮かび、ロランは言った。
「君が生きていることを知って、未来に期待を掛けてくれる人もいるよ。今の君には……重すぎるかもしれないけれど」
「わかったようなこと言わないでよ!」
 涙を浮かべて、ルナが怒鳴った。
「わかってるわよ、そんなこと、言われなくても! でも、私にはどうしようもないの。何もできないの!」
 取り乱してから、ルナはまた、急いで謝った。
「ごめんなさい。私、最低だわ……!」
「あっ、ルナ!」
 ローブをひるがえして走り出したルナを、ランドが呼び止める。だがルナは止まらず、たそがれの町を駆けて行った。ロランはランドとともに後を追った。


 走りながら、ルナはしゃくりあげていた。熱い涙が瞬時に冷え、肺から出る吐息は棘を持って喉に突き刺さる。
 走って走って、いつの間にか北の町はずれに来ていた。荒れた息で、ルナは呆然と立ちすくんでいた。
 ロランとランドに八つ当たりしてしまった。後悔は胸にひどく苦かった。彼らがどんな思いをしてここまで来てくれたのか、ちゃんとわかっているつもりだ。それでも、ずっと背負ってきた苦しみを吐き出さずにはいられなかった。彼らの言うことが正しければ正しいほど、ルナの心はもがき叫ぶのだった。
(私にできることなんて……何もない。何も……)
 体を折りたたんで泣き崩れようとした時、視界の隅で誰かが動いた。ルナははっとして振り向いた。
 見れば、薄闇の中、一人の男が大樹に寄り添っている。ぼんやりとたたずむかに見えたが、その手が縄のようなものを枝にひっかけたのを見て、ルナはぞっとした。そこへ、追いついたロランとランドがやってくる。ルナは反射的に二人に叫んでいた。
「止めて! あの人死ぬ気だわ!」
「なっ?!」
 ルナを心配する間もなく、ロランとランドは転げるように男へ向かって、やめろと叫びながら駆け出した。ルナも後を追う。
「放してください! 俺は、俺はっ……!」
「早まっちゃいけません! 命を粗末にしてはなりません!」
 枝に荒縄をかけたままもがく若い男に、ランドが必死にすがりついて説得する。ロランが背の鋼鉄の剣を抜くと、荒縄をすっぱりと切り落とした。支えが崩れて、男はランドとともに地面に落ちる。
 死ぬことに失敗した男は、しばし呆然としたあと、背を丸めて泣き出した。ルナは彼のぼろぼろの服装が、ムーンブルク軍支給のものだと気づいた。
「あなたは……ムーンブルクの兵ですね。無事だったのですね?」
 男はルナを見た。無精髭に覆われた顔が、愕然とする。
「あなた様は……ルナ姫様?!」
 ルナは蒼白な面持ちでうなずいた。気丈に、王女であらんとする。男はみるみる顔をゆがませ、ひざまずいた。
「よくぞご無事で……! しかし、私は、私は……!」
 子どものように男は泣きじゃくった。
「命惜しさに逃げたのです……。あ、あれほど、国王陛下に忠誠を誓っておきながら。この剣、民を守るために振るえと授かっておきながら、怪物どもを見たとたん、あまりの恐ろしさに……」
 魔物の群れが蹂躙し、炎に包まれた城下町を、彼は一人で逃げたのだと言う。魔物に捕まり助けを求める子どもの声も、すがってくる年寄りも突き放して。
「そんなにまでして生き延びても、うれしかったことは一度もありませんでした。夢に出るのです、私が見捨ててきた人々の顔が、叫ぶ声が、責め続けているのです。……私は、私なんかが生き残るべきではなかった……!」
 地面に伏せ、男は両手で草を握りしめ、引きちぎった。胸をえぐられるような嗚咽に、ロランは、ローレシアの城に悲報を告げに来た兵士を思い出していた。
 ルナは泣き続ける男の前に膝をついた。
「もう自分を責めないで。……誰も、あなたを責めることはできないわ」
「ひ、姫様……」
 涙でぐしゃぐしゃになった男の脂にまみれた髪を、ルナは優しくなでて、うなずいてみせた。男は再びうずくまると、慟哭した。
 泣くことさえ罪だと思い、こらえてきたものを吐き出しているのだった。
(こんな悲しみが生まれるのを、喜んで行う者がいる……それが魔物、ハーゴンの邪教団なんだ)
 ロランの両手が、固い拳に変わる。傍らのランドも、きつく唇を噛んでいた。
 男が泣きやむまで、ルナはずっとそばにいた。