蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・33

 ひとまず塔の位置を地図に記すと、二人は丘を下りて池へ向かった。気候が良いせいか、魔物はさほど襲ってはこず、森を分け入って先へ進む。
 ムーンブルクローレシアより南にあるせいで、植物も豊かだ。だが、みっしりと生えた木々が徐々に減り、枯れ木が目立ってくると、ロランとランドは不審そうに顔を見合わせた。
「ああ、ここもか……!」
 池のある場所に着いて、ロランは顔をしかめた。かつて森の中に美しくあっただろう聖なる池は、毒の沼地に変わっていた。木々が枯れていたのはそのためだったのだ。
「鏡がここにあると知っていて汚染したのか?」
「さあ、どうだろうね。そこまで用意周到なら、鏡自体持ち去られてもおかしくないけど」
 ロトの子孫であるルナが、殺されずに犬に変化させられたのは、突発的事件と思って良さそうだった。犯人も、この鏡のありかまでは知らずにやったのだろう。鏡の存在も伝説にすぎず、本当にここにあるかも不明なのである。
 しかし、聖なる力を持つ場所ゆえに、魔物がそれを嫌って穢した可能性はあった。
「けっこう広いよ。二人で端からさらうしかないね」
「ああ、頑張ろう」
 ロランが近くの枯れ木から長い枝を折り、斜めに突き刺して深さを確かめた。汚染される前は広く深い池だったろうが、今は半ば干上がっていて、すねまでの深さしかない。
 ロランとランドは荷物を岸に置くと、長靴のまま沼に踏み入った。たちまち汚泥が足首まで埋まり、直接触れていないのに悪寒が背筋をさかしまに走った。ランドも鼻をつまみたい顔をして、手にした杖代わりの枯れ枝で懸命に辺りをつつき始める。
 沼から吹き出す瘴気に体力を奪われ、気分が悪くなればランドがホイミの呪文を唱えて回復しつつの探索だった。
 日が西へ傾きかけたころ、ロランの枝が石ではない平たい何かを探り当てた。
「これか?!」
 枝を捨て、ロランは泥に両手を突っ込み、丸い板のようなものを拾い上げた。引き上げるとベールを脱ぐように泥が落ち、その尊い姿を現す。
「あった?!」
「ああ、きっとこれだ、間違いない!」
 ばしゃばしゃと泥を蹴立ててランドが寄って来る。ロランは鏡を見せてやった。
 金の縁取りをした丸い鏡だった。深い緑色の見たこともない金属を地としている。鏡の面積は小さく、人の顔が映るくらいだ。鏡面の周囲には金縁に古代文字で言葉らしきものが書かれていて、周囲を取り囲むように、鈍く輝く八つの青い宝玉が象眼されている。
 二人は鏡を覗きこんでみたが、どちらの顔も映らなかった。白銀色の鏡面は、夕暮れの光を集めて星くずのように細かく輝くばかりだ。
「たしかに普通の鏡じゃないな……。どうしてこんな物がここに落ちてるんだろう」
「世界には、ぼくらのわからないことがたくさんあるのさ。それより、早く出ようよ。具合が悪くなってきた」
「ああ」
「じゃあ、ムーンペタに戻るよ」
 二人は沼から上がった。ロランがそばに寄ると、ランドは右手を高く天に掲げて「ルーラ!」と唱えた。


 ルーラの呪文は、キメラの翼と同じく町を行き来できる魔法だ。この旅でランドが覚えたものである。呪文というのは、個人の才能に合わせて徐々に修得していくものなのだと、ランドは言っていた。
 小犬――ルナは、またあの小屋付近にいるとみて、二人は夕暮れの雑踏を急いだ。
 小犬は、予想通り小屋の影でうずくまっていた。二人が近づく気配にいち早く気づき、尻尾を振ってうれしそうに吠える。駆け寄ると、ロランとランド両方に飛びついて歓迎した。そしてぐるぐると二人の周りを回る。急かすように。
「待ってくれ、今鏡を出すから」
 周囲に人がいないのを確かめ、ロランは鞄から鏡を取り出した。ランドとしゃがみこんで、おすわりをした小犬に鏡を向け、覗きこむ。
「あ……!」
 二人は息をのんだ。何も映さなかった鏡に、少女の顔が映っている。
 月の光を集めて渦巻く金の巻き毛、意志の強そうな細い眉。澄んだ白い肌に輝く鮮やかな紅玉の瞳と、珊瑚の唇。
 ただ愛らしく美しいだけではない。そのまなざしには、聡明さがあふれていた。
 誰もがその美しさにひざまずくだろう。だが守られるだけを良しとせず、その知性で人を従わせ、時に自ら立って守るだろう。彼女は生まれながらの女王なのだった。
(これが……ルナ……)
 昔見た面影を残しつつ、ルナは別人になっていた。こんなにきれいになっていたとは思いもしなかった。ロランの胸が、ナイフで突かれたように痛くなる。
「あっ?!」
 突然、バン、と激しい音を立てて鏡が割れ、ロランは鏡を支える手に衝撃を受けて取り落としそうになった。次の瞬間、真っ白な閃光が放たれる。まぶしさに目を閉じ――そしてこわごわ開けると、両手を地面についてうなだれる少女の姿があった。
「ルナ……なのか……?」
 ロランは目の前の少女に問いかけた。少女は――ムーンブルクの王女ルナは、しっかりと二人を見つめてうなずいた。
「……」
 何か言おうと思っていたのに、言葉が出ない。真っ先にはしゃぐかと思っていたランドも、あうあうと口を開くが、言うべき言葉が見つからないようだった。
「もうずっとあのままかと思いましたわ。助けてくれて、ありがとう、ロラン、ランド」
「君も……無事でよかった」
 そう言うのが精一杯だった。立ち上がるついでに、ルナに手を差し伸べると、ルナはほんの少し指先を借りて、自力で立ち上がった。
 そのまま三人で黙っていた。もっとお互い幼かったら、無邪気に話すこともあったろう。けれど年頃の少女相手に語る話題を、ロランは持っていなかった。気おくれしていたのである。
 しかもルナは、想像を絶する過酷な体験をしていた。それを思えば、生半可な慰めもかけられなかった。
「……あのさ。おなか、すかない?」
 膠着状態をなんとかしようとしたのか、ランドが努めて明るく語りかけた。
「フィリアさんって覚えてる? ロランの城に仕えてた女性(ひと)だよ。宿屋をやってるんだけど、ご飯がすごくおいしいんだ」
「……そうね。でも、その前に……」
 ルナは固い微笑を浮かべた。
「二人に、見てほしい所があるの」