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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・22

ラリホーアントに、鎧ムカデ?!」
 ランドはたじろぎ、後じさった。なまじ知識があるだけに、その恐ろしさも知っているからだろう。薄紅色の巨大アリが数匹と、血の色の外殻を持った巨大ムカデが魔術師の周りを固める。半ば立ち上がったムカデの大きさは、見上げるほどもあった。
 ロランはランドを振り向いた。
「手強いのか?!」
「もちろん! ラリホーアントから倒そう、呪文で眠らされたら終わりだよ!」
「くっ!」
 言われた通り、ロランは薄紅色のアリへ走った。その時、魔術師の口が何かをつぶやく。開いた右手を鋭くロランへ突き出した。
「ギラ!」
「――うわああ!」
 どんなに痛手を負っても悲鳴を上げたことがなかった。だが、背中に熱い衝撃を受け、炎が燃え上がったとたん、ロランは思わず叫んで地面を転がっていた。
「ロラン!」
 ランドが悲痛に叫んだ。その間もロランは地面をのたうった。地面が湿っていたおかげで、背を焦がす炎はすぐに消えた。だが背中はまだ焼けるように熱く、息苦しさにロランは五指で土を掻く。そこへ、ラリホーアントの群れが素早く複数の脚をうごめかして群がってきた。
「このぉ!」
 明かりを投げ捨てたランドが、めったに上げない怒声を放ち、ロランの顔や手足に食いつこうとするアリの群れを棍棒で粉砕し、薙ぎ払う。何匹かはたたきつぶされ、ちぎれた数本の脚や触覚が宙に舞った。中には、青い複眼を光らせて呪文の詠唱を始めた個体もいたが、これもランドの攻撃で失敗に終わる。
 ロランはその間に、苦心して腰に着けたポーチから薬草を取り出していた。がむしゃらに口に詰め込む。即効性の薬効が、すぐに痛みを消してくれた。傷も半分治ったようだ。急いで剣を拾い、立ち上がる。
 魔術師がまた、奇妙な口笛を吹いた。傍らに控えていた鎧ムカデが、ロランとランド目がけて疾風のように襲いかかった。
 ギザギザに尖った長い顎がランドの顔へ迫った。ロランは立ちすくむランドを横へ突き飛ばし、銅の剣で鎧ムカデの首の部分へ斬りつける。が、刃は甲殻にあえなく弾き返された。手が痺れ、ロランは危うく剣を取り落としそうになる。
「だめだ、剣は効かないよ!」
「腹ならどうだ!」
 鎧ムカデは常に上体を持ち上げており、比較的柔らかいと思われる腹部をさらしていた。ランドの忠告を無視し、ロランは腹部へもぐり込もうとした。だが、無数の脚が邪魔する上、鋏(はさみ)のような顎がガチガチとロランに迫り、思うように斬りつけられない。
「ロラン、離れて!」
 ランドが叫んだ。悔しかったが、ロランは従った。ロランが退き、鎧ムカデの正面にランドが立ちふさがる形になる。ランドのマントが風もないのにひるがえった。勇ましく右手を鎧ムカデに突き出す。
「ギラッ!」
 ランドが呪文を詠唱した瞬間、指先から毬ほどの火球がほとばしるのをロランは見た。
 鎧ムカデの頭部で火球は弾け、たちまち燃え上がる炎に、虫はのたうって口から悲鳴に似た音を出す。じくじくと甲殻が溶け、悪臭を放つ体液が地面を濡らした。ロランはすかさず駆け寄り、溶けてもろくなった頭部に銅の剣を突き刺す。鎧ムカデは一度痙攣すると、動かなくなった。
 二人は魔術師に向き直る。相手に退く気はないようだった。再び仮面の下の唇が呪文を唱えようとしたが、ランドの放ったギラの呪文が先に彼を燃え上がらせた。同時にロランが走り、心臓目がけて剣を突き立てる。甲高い悲鳴を上げ、魔術師は真っ黒な炭となって消滅した。
 魔物達の残したゴールドが地面で鈍く光っている。しかし、二人はそれをすぐに拾う気力もなく、互いに支え合うようにして座り込んでいた。
「なんだ、ランド……僕より腕が立つんじゃないか? あのアリといい、ムカデといい。怒らせると恐いんだな。初めて知った」
「違うよ、怒ってなんかない。必死だったんだよ」
 ランドが自分の手や膝を見せた。小刻みに震えている。
「怖かった。キングコブラの時より怖かった……」
 床で燃え続けているたいまつの明かりでも、ランドの顔色は透き通って見えた。そのまぶたがすうっと落ち、ぐらりと上半身が傾く。ロランは慌てて抱きとめていた。
「ランド!?」
「ごめん……もう、魔法使えない……。野宿だと回復しないんだ、魔力……ちゃんと布団で寝ないと……」
「うん、うん。早く鍵を取ってリリザへ戻ろう。魔法、本当に助かったよ。……ありがとな」
 ロランはランドの背を優しくさすった。礼に報いるように、ランドはロランの肩でこくりとうなずく。
「僕ももっとたくさん魔法が使えるように、頑張らなくちゃ……」
 ランドの呼吸が落ち着くと、彼に肩を貸してロランは魔術師の潜んでいた玄室へと入った。
「……ここだ」
 ロランの掲げたたいまつを頼りに、ランドは少しふらつきながら壁を探っていたが、やがてレリーフらしき出っ張りを見つけた。正方形に円が描かれ、紋章が刻まれている。ロラン達ロト王家が掲げる、羽ばたく鳥の紋章だ。
 城にあちこちあるので見慣れているが、いつ見ても不思議な印象を与える意匠だと、ロランは思う。
 紋章は鳥だとわかる最低限の線と形で描かれており、体の中心に丸い玉を宿している姿だ。この紋章は、勇者ロトがこの世界に降臨する前からあったという。
 古代人が考えたのだろうが、素朴さに神秘的な雰囲気があり、見つめていると、これの元になった鳥に会ってみたい気持ちになるのだった。
 ランドが残り少ない魔力を注いでレリーフを押すと、くるりと表面が回転した。小さな四角い空洞があり、そこに赤い箱が置いてあった。ランドが箱を開けると、深紅の内張りに載せられた銀色の鍵が入っていた。
 環になった円形の持ち手には五つの赤く丸い宝石が並び、凝った彫り物がしてある。鍵の胴部分には、魔法文字が刻まれていた。
「間違いない。銀の鍵だよ」
 ランドはほっとした笑みを浮かべた。
「よし、帰ろう。――歩けるか? おんぶしてやろうか?」
 ロランが言うと、ランドはおかしそうに笑って、ロランの背を見た。
「大丈夫だよ。歩ける。それより、洞窟を出たらちゃんと手当てしなきゃ。その傷」
 ロランの背は、服が燃えて大きく穴が開いていた。下に着けていた皮の鎧も焼け焦げ、これはもう使い物にならないだろう。
 新しい防具を買わなくては。武器も。かかるだろう出費に、ロランは小さくため息をついた。
「……あの魔術師」
 ランドに合わせてゆっくり出口へ向かいながら、ロランは言った。
「もう人間じゃないって……」
「うん。ハーゴンの祀る邪神に身も心も捧げた人間が、あの手の魔法使いになるんだそうだよ。身体を魔物に変えて、生きながらえているって」
 ランドも、やるせない面持ちで答えた。ロランはそれ以上言えず、黙っていた。
 魔物といえど、生き物には違いない。その命を絶つことに抵抗はあるが、戦いになれば、ためらいは消える。生き残ることに集中する。
 今さら戦いが嫌だとは言わない。だが、かつて自分達と同じ人間だったものを相手にしたのは初めてだった。
ハーゴンは、町や村を滅ぼすのに仮面を着けた者を派遣している……元人間が、人間の街を壊すのか)
 ロランの思いをランドも感じ取ったようだった。手が、そっとロランの二の腕に触れた。ロランは小さくうなずいてみせた。
 だが、顔色はお互いに晴れないままだった。