蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・21

  岩山の峡谷を抜けて一日半歩くと、広大な草原が広がった。遠くには山脈が青く見える。そのふもとに、目指す湖はあった。
「広いなあ……」
 ロランは、ほうっと息をついて眺めた。幼いころ一度訪れたが、その記憶と変わらず湖は広々としていた。午後のけだるい日射しに、湖面はゆったりとたゆたっている。その中心に、まるで主のように大きな島があった。島までは、これも大きな橋が架かっており、渡し船がなくても渡れるようになっていた。
「大事な鍵をしまっておく場所だったんだろ? どうして橋があるんだ?」
 ロランが尋ねると、ランドは軽く肩をすくめてみせた。
「うちの国は資源も少ないし、産業もこれといったのがないからね。観光の収入は大きいんだ。つまり……」
「なるほど、観光客用か」
「そういうこと。でも今は、魔物が多いから島への立ち入りは勧められてないね。あ、もちろん洞窟の入り口は昔から封印されているから、一般人が島に渡っても大丈夫だったんだよ」
「昔来た時は、この島に洞窟があるなんて知らなかったよ」
「そりゃそうさ、サマルトリア王家だけの秘密だからね。それに教えたら、ロランとルナが探検したがって困っただろ?」
 ランドがからかうように笑うと、ロランは軽くランドを肘で小突いた。
「それはランドもだろ」
「もちろん!」
 二人でひとしきり笑ってから、ランドは空を見上げた。
「日暮れまであと数時間ってところかな。どうする?」
「決まってる。行くのさ」
「そう言うと思ったよ」
 夜は魔物が活性化する。闇は彼らの源だからだ。できれば昼間に行動したかったが、ロランは先へ進むことを選んだ。食料なども余裕がなく、早めに片を付けないと、ここまでの道のりが徒労に終わるからだ。
 

 長い橋を渡り、二人は島へ渡った。島は鬱蒼とした木々に覆われ、人の手がほとんど入っていない。仮に旅人や観光客が訪れたとしても、この森を分け入って洞窟を探すのは困難だ。
「たしか……こっちだ」
 ランドが洞窟への道を知っていた。ロランを捜して旅立つ前から、この洞窟と道のりを城の文献で調べていたのである。その周到さには、ロランも舌を巻いていた。自分といえば、ひたすら仲間を捜して歩いていただけだ。この先何が役に立つだろうとか、ちっとも考えていなかった。
(ランドがいてくれてよかった。父さんもそれを分かってて、一緒に行くのを勧めたんだな……)
 本当に、一人でできることなんて限られているんだと、ロランはランドの後を行きながら思った。
 かつてあった道はしげみに覆われ、奥に進むにつれて歩くのも困難になってきた。今度はロランが先に立って、銅の剣で灌木を薙ぎ払いながら進むと、崖のようになった所に洞窟を発見した。
「ここだ。……けど」
 ランドが足早に入り口に近づき、顔をしかめる。足元を見た。
「ああ、入り口を塞いでいた岩戸が壊されてる」
 ロランも近づいてみた。たしかに、古ぼけた岩板がいくつもの巨大な破片として地面に散らばっている。
「ずいぶん派手にやったなあ、もう。岩戸は魔法で封印されていたはずだけど、攻撃魔法で無理やり壊したな」
 しゃがんで破片を調べていたランドが、立ち上がった。
「ロラン、きっと中は魔物の巣になってるよ。魔物は暗い所が大好きだからね」
「ああ、気をつけて行こう」
 ランドはたいまつに魔法で炎をともした。普通に火をつけるより、さらに二回りほど明るい光を放つ炎ができる。
 かつてロラン達の先祖が使えた、レミーラという光を発生させる魔法の応用だと、ランドは言った。
 いつ戦いになっても良いように、ランドが特製たいまつを掲げた。ロランはこれで戦いに専念できる。
 洞窟に足を踏み入れると、勇者の泉の洞窟よりもっと濃い、黒々とした闇の気配が漂ってきた。
 曲がりくねる通路の脇にはたくさんの横道があり、それぞれ小部屋につながっているようである。
「そっちにはたぶん、何もないよ。魔物の気配がたくさんするから、もしかしたら、奴らが何か貯め込んでいるかもしれないけど」
「わかってる。こっちだって、寄り道する余裕はないんだ」
 こちらのともす明かりに怯えてか、進む間、あまり魔物は出現しなかった。
 たまにキングコブラや大ねずみ、アイアンアントに似ているが、何匹も仲間を呼ぶ厄介な敵・軍隊アリが襲ってきたが、ランドとの連係でさしたる被害もなく切り抜ける。
 一番奥の行き止まりで、下へ降りる階段を見つけた。地下2階に降りると、まるであの世へ続くかのように長い通路が奥へと延びていた。脇道もいくつかあるが、構造は1階と同じようだ。
「文献では、この洞窟は地下2階までらしいね。きっとこの奥にあるはずだよ。鍵はそこに隠してある」
「よし」
 歩きながら、ロランは少々手応えのなさを感じていた。もっとたくさんの魔物が押し寄せてくるかと思っていたのだ。洞窟の扉は何者かに破壊されていたが、それは、ただの盗賊の仕業だったのだろうか。すみかを求めた魔物が、ここをねぐらにしようと無理に壊したこともありうる。
(考えすぎか。このまま何事もなく取れればそれでいいけど、なんだか……嫌な気配がする)
「……着いた。ここだよ」
 ランドは、ある部屋の前で立ち止まった。ロランも隣に並ぶ。どちらも入ろうとしない。鍵があるという玄室は扉もなく、たいまつの放つ光でも部屋の奥までは見通せなかった。
「なんかさあ、変な音がしない?」
 先を見つめたまま、何げない風にランドが尋ねてきた。ああ、とロランも剣の柄に手をかける。
「虫がたくさん……走っているような……」
 その時、ひたひたとこちらへ歩む音がした。はっとして二人は武器を構える。玄室の奥から、白いローブを着た人影がゆっくりと姿を現した。
ローブの上には青いマントをまとい、奇妙な丸い仮面を着けている。仮面は頭部すべてを覆うもので、額に丸く青い石を戴き、目と口に当たる所には四角い穴を開けている。だが、その奥は洞窟の闇と同じように真っ暗で見えない。
「……ここは、いい……。暗くて、静かで……。我らの神に祈るにはふさわしき所だ……」
 くぐもった声でぼそぼそと、その人物は独り言のように言った。声音や体格からは、男に見える。
「あなたは……ここに住んで?」
「違う、ロラン! ローブの紋章を見てよ、邪教のやつだ! そいつはもう、人間じゃない!」
 ランドの鋭い声に、ロランは我に帰った。そうだ、魔物が無造作に這い回るここに、人が住めるはずはない。
 勇者の泉は聖なる気配に満ちていたから、守り人達は長くそこにいられたが、この洞窟はまるで違うのだ。そして、ローブに邪悪な笑みを浮かべているのは、まがうことなき邪教の紋章。
「何者っ!」
 ロランは背中の荷物を脇に投げ、銅の剣を男に向けた。男はわずかに仮面を揺らした。笑ったのかもしれない。
「我に名はすでにない……この身、ハーゴン様に捧げし魔術師の一人。我が祈り、邪魔はさせぬ……」
 男――魔術師は、口笛のような音を仮面の隙間から放ち、片手を背後からロラン達の方へ勢いよく振った。
「なんだっ!?」
「何か――来る!」
 ランドがうろたえ、ロランが背にかばった。かさかさ、かさかさ……。乾いた無数の爪が地面をこする不気味な音が、闇の奥からぞわりと滑り出てきた。