蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・20

 さかんに舌を鳴らし、キングコブラの一匹がロランに飛びかかった。ロランはその頭へ向かって銅の剣を振りかざした。その瞬間、ふっと全身が空白になる感覚があった。
(いける!)
 空白になった全身に、瞬時に満たされるのは、あふれんばかりの自信と力だ。ロランはそれを剣に載せて薙いだ。
 ――会心の一撃
 ロランの剣が、キングコブラの首をはねる。切れ味鈍いはずの刃は、鮮やかな切り口を見せて首と胴を分断していた。それを見たランドが、歓喜とも驚きともつかない声をあげる。
「すごい!」
「ランド、後ろだ!」
「え!?」
 ロランに気を取られていたランドの背後から、2匹目のキングコブラが鋭くにじり寄った。赤い口を開けて無防備な背中に飛びかかる。
 振り向いたランドが棍棒を構えるのと同時に、ロランが間に駆け寄った。剣を頭に叩きつけ、怯ませたその時、左脚に杭でも打ち込まれたかのような衝撃が走った。
「ロランッ!」
 ランドが悲鳴をあげる。ロランの左の腿に、3匹目が食いついていた。激痛とともに、何か冷たい液体が血管に注ぎこまれるのを感じる。
 痛みにどっと冷たい汗が噴き出し、ロランは大きくよろめいた。横倒しに倒れ込む寸前、ランドがロランの脚に食いついた大蛇の頭に、思いきり棍棒を振り下ろす。
 驚いた大蛇は口を離した。その開いた口に、ロランは力を振り絞って銅の剣を突き刺す。ざくりと鈍い手応えがし、キングコブラは苦しげにのたうった。
 剣を引き抜くと、もう一度同じ力で振り下ろす。傷口から赤黒い血を飛び散らせ、その一匹は動かなくなった。
 その間に、ランドは全力で棍棒を残った一匹に振り下ろしていた。さすがにこれは効いたとみえ、大蛇がふらついたところを、ロランがすかさずとどめを刺す。
「ロラン、しっかり!」
 3匹目を倒した途端、ロランは目の前が暗くなった。左脚の感覚がなく、立っていられない。がくりと左膝が落ち、倒れかかったところをランドが抱きとめた。体がひどく熱く、汗がとめどなく出てくる。
「動かないで、じっとして。毒が回ってる」
 ランドが鞄から革製の薬袋を取り出した。右の手袋を歯で噛んで脱ぎ、手のひらに袋を振って中身を出す。すりつぶされた濃い緑色の草をひとかたまり、ロランの口に近づけた。
「毒消し草だよ。口に入れて、ゆっくり噛んで、飲み込むんだ」
 ロランは言われた通り、ランドの手から口に含んだ。煮詰まったお茶のような味がした。ランドはロランを近くの岩にそっともたせかけると、傷ついた左脚に両手をかざした。素早く息を吸いこむと、穏やかな両目から一瞬表情が消えた。精神を集中したのだ。
ホイミ……!」
 かざした手から、淡く青い光が発生した。脳天まで響く痛みがどんどん薄れていく。荒かったロランの呼吸も鎮まってきた。ランドが鞄から手布を出すと、ロランの額に浮いた脂汗を拭ってくれた。
「助かった……ありがとうな」
 毒消し草の効能で、キングコブラからもらった毒も消滅したようだ。ほっとして、ロランはランドを見た。戦闘の余韻か、まだ体はだるかった。
 ランドはすまなそうにかぶりを振った。
「ううん、ぼくこそごめん。君の気を散らせてしまった」
「そんなことない。ランドが無事でよかったよ。それより……すごいな。さっきの、魔法だろう? 傷が消えてる」
 ロランはキングコブラに噛みつかれた左脚を見た。2本の牙の跡がズボンに丸く穴を開け、流れた血が周りを汚しているが、その下の肌はきれいに治っていた。
「魔法を使うって、どんな感じなんだ?」
 ランドは水筒をロランに渡しながら、少し遠い目をした。
「みんなさ、自分の皮膚の下の中身は骨や筋肉なんかでできてるって知識はあるだろ? でも、頭の中はどうだろう。真っ暗闇の深淵が広がっている気がしないか?」
「うーん、言われてみれば……」
「うれしいとか、悲しいとか、感情はその深淵から来ている気がしない? 魔法力は、その奥底に光として眠ってる」
 ランドは人差し指で天を示した。
「魔法を使いたいと思った時、ぼくは、自分の中の光を天(そら)とつなぐ。すると光が満ちてくる。どんな呪文を唱えたいか、心に念じる。光は大きくなる……ここだと思った時に放つ。弓を射るみたいに」
 ロランは目をぱちぱちさせた。
「そんなに複雑なことを考えてやったのか、さっき?」
「ロランだって、キングコブラを一撃で倒した時、いつもと違う感じがしなかったかい? それと同じだよ。一瞬で体を通り抜ける、何かがさ」
「あれが……か?」
「そう。会心の一撃さ」
 ランドはにこりとした。ロランは自分の手を見つめていた。


 日が陰ってきた。今日はここで野営することに決め、二人は寝場所に岩肌のくぼんだ所を見つけた。枯れ木を集めて火を起こし、持ってきた乾し肉とパンで簡単な食事を済ませる。
 火起こしは楽だった。火床にランドが人差し指を当てるだけで簡単に炎が上がったのだ。このくらいの魔法なら、ホイミの呪文より魔力を使わずに済むのだという。
「たぶんロランは、会心の一撃が出やすいんじゃないかな」
 二人分の錫のカップに温かいお茶を淹れながら、ランドが思い出したように言った。ロランは小首を傾げた。
「昼間の話?」
「そう。よほど修行を積んだ最高の武人じゃないと会心の一撃は出せないし、一生かかっても出せない人もいる。でもロランは、まだ実戦が少ないのに、それができる。きっと、ロランだけの力だと思うんだ」
「僕の……力?」
「うん。現在の力以上の攻撃を与える――それが会心の一撃。人間がその時は限界を超えられる、ちょっとした奇跡なのさ」
 ランドは微笑むと、夜空を見上げた。岩山の壁に挟まれた細長い藍色の空には、宝石を散りばめたように星がきらめいている。二人で寝転がり、じっと見つめていると、ときおり流れ星が渡った。
 ランドは面白がってその数を数えていたが、いつの間にか軽いいびきをかいていた。ロランは、寒そうに丸まっている体に毛布をかけた。いびきは穏やかな寝息に変わった。
 強敵との戦闘で疲れたのはランドも同じだったろう。ぐっすり眠る彼の姿を見て、ロランは、ランドがいてくれて良かったと思った。
 キングコブラに噛まれたのはランドが一因だったかもしれないが、もしロラン一人であっても、あの大蛇のような相手では、いずれ同じ目に遭っていただろう。
 一人の時は、宿代や道具代、歩く速さはもちろん、戦いにおいても、他に気を回さずに済む。
 それでも、二人でいて良かったと思う。共に歩いて景色について語り、戦いの時は助け合える。粗末な食事もおいしく感じる。
 守りたい。――守らなければ。
 願望は決意に変わっていた。ランドはこの世でたった一人の友達で、同じ血を分けた一族なのだ。
(ルナが生きているなら……二人か)
 ロランには、ルナが死んだとはどうしても思えなかった。ランドもそれは同じ気持ちだろう。だからランドは焦らない。
 自分が大切だと思える人の数の少なさに、ロランは少し驚いていた。でもだからこそ、旅を続ける理由に迷いは紛れない。
 それでいいんだ。ロランは頭の下に両腕を組むと、星を眺めながら傍らの友の寝息に耳を傾けていた。