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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・10

【のんき者の王子】

 深い森の小道を、少年が一人、東へ向かって歩いていた。
 春が進んで、日を追うごとに濃くなっていく木々の緑にも劣らぬ緑色の前掛けに似た長衣をまとい、ふくらはぎに届く長い橙色のマントをひらひらさせながら。
 風よけの眼鏡を付けた皮のかぶり物からは豊かな金髪がはみ出して、頭巾の役目とは言いがたい。むしろ豊富な髪の毛を押さえるために着けているのかもしれない。
 身にまとう前掛けが緑なら、手袋と長靴も緑色。いっそ森に同化していまいそうだが、少年のマントや暁色の髪と、前掛けに折り込まれた大きく真っ白な鳥の紋章がひどく目立つ。いっそ魔物に襲ってくれといわんばかりだ。
 しかし少年に、森の魔物を怖がる様子はなかった。眉は快活そうに上がったままだし、やや目尻が下がった瞳は、穏やかな春の空の色をしている。整った口元は、今にも歌をくちずさみそうだ。
 腰に揺れる銅の剣は、小柄な体には飾りに見える。
 足取り軽く、風のように、少年は森を進む。
 と、春空の瞳が小道の脇を捉えた。
「あ、あの辺……匂うぞ」
 少年は道を逸れると、しげみをかき分けて、群生している針葉樹の根元に行った。そしてかがんで落ち葉を探り始める。しばらくして、色白の顔がぱっと輝いた。
「あった、豚の鼻!」
 少年の指が小さく丸い塊を掘り出した。目の前にかかげて、満足そうに彼はにっこりする。
 手のひらに握り込めるほどの、ころんとしたそれは、豚の鼻と呼ばれるキノコだ。決まった木の下に生えるが、落ち葉に埋もれていて見つけづらいので、キノコの匂いを覚えさせた犬に探させる。味もさることながら、料理の風味を増す独特の芳香が特長だ。
 春先と秋口に発生するが、こうして見つけづらいのと繁殖数が少ないため、ローレシアでは高級珍味として高値で取り引きされている。サマルトリア地方の特産品だ。
「ロラン、これ使った焼き鳥が好物だったよなあ。おじさんもさ。お土産にしたら喜ぶぞ」
 犬にしか探せないキノコを見つけられたのは、少年の知識だけではなかった。驚くべき勘の良さがあったのだ。
 実際、彼は魔物の気配を前もって感知して、近づかないように避けて歩いてきた。しかし、せっせとキノコを布の袋に入れている時は、その勘も働かなかったらしい。
 彼の背後に、黒くて大きな影が羽ばたきの音とともに近づいてきた……。



「ここにはいない?」
 ロランのがっかりした顔に、サマルトリア国王フォルストは、申し訳ないと額に手を当てた。目尻の下がった人の好さげな目や豊かな金髪は、ランドにそっくりだ。
「まっこと、失態であった! てっきりそなたは、勇者の泉に向かったものだとばかり思いこんでいてな。もとはと言えばランドが、『ローレシアの古来からのしきたりで、旅立つ戦士は勇者の泉で体を清めるものだ。ロラン王子もそこにいるはず』と言い張ったから……ランドに、迎えに行って差し上げろとな、つい、3日前に」
「そんなしきたり……もうずっとありませんよ。世の中が平和で、戦いに旅立つ戦士もいなくなっていましたし」
「そうであろう、なんでそこに早く気づかなんだか」
 そして二人とも、はあ……と肩を落としたのだった。
 ここはサマルトリア城。広大な森林地帯の中にある、一風変わった城である。
 城下町と森を隔てる壁はなく、魔物が嫌う木々を周囲に植えることで侵入を防いでいる。町の中にも緑はあふれ、家々は庭造りに凝っていた。今は春の花が咲き誇り、どこを歩いても目にあでやかだ。
 これが秋になれば、全て錦織りのように彩られる。その美しさは世界一と言われるほどだ。四季を通して美しいこの町は、各地からの観光客が絶えない。
 城もまた、緑に囲まれていた。変わり者といわれた初代サマルトリア国王が、森の中に埋もれていた古城を見つけ、これを改築したのが今のサマルトリア城だ。
 鉤形をしていて、まるで城を支えるように巨木群が建物を取り囲んでいる。中には本当に木に支えられている箇所もあり、回廊に張り出した枝が、いくつも涼しげな影を作っている。見た目にも訪れた人を癒やす、ここにしかない景色だ。
 しかしこれでは毎日の木の手入れや落ち葉が大変である。よってこの国では、庭師が最も重宝されているのだった。
「ともかく、僕も勇者の泉の洞窟に向かってみます。ひょっとしたら、そこで待っているかもしれないし」
「うむ、そうしてくれ。ランドが世話をかけてすまんのう」
 王は玉座から立ち上がり、ロランの手を握った。王がかけていた玉座は、樫の古木を一本彫り出した珍しいものだ。美しい彫刻が全体にほどこされ、いくつもの宝石が散りばめられている。
 これも初代サマルトリア国王が作らせたもので、100年近い間磨かれ、修理されて使われてきたものである。
「ああ、そうだ。町の店にはキメラの翼を売っているからの、ぜひ買っていくがよい。使えば遠い道のりも縮まるからな。ランドも今頃歩き疲れて、帰る気力もなくしているかもしれんしな」
「わかりました」
 とは言ったものの、ロランはキメラの翼を使うことに乗り気ではなかった。礼を言って謁見の間を立ち去り、どうしたものかと考える。
 たしかに、使えば楽に旅ができるに違いない。だが、ロランはそれを使ってみるのが怖かったのである。
 魔法を生まれつき使えない者は、ロランが珍しいわけではない。むしろ魔法を使える人間が少ないのだ。だから、庶民がこういった魔法の道具を利用して快適に生活を送ることは、彼らの間に何の抵抗もないのである。
(でも、町を思い浮かべただけで瞬時に飛ばされるなんて、やっぱり怖いよ)
 リリザの町で聞いた、ムーンブルク兵のことも思い起こされる。彼が記憶の混乱で道具の使用に失敗したと聞かされては、自分もかなり怪しいと思うのだ。
 キメラの翼はリリザの町でも売っていたが、それを使ってサマルトリア城に飛ばなかったのは、そういうわけもある。
 でもランドなら、自分の家であるここを思い浮かべるくらい簡単だろうし、彼のために一つ買って行こうかと思った。
「お待ち下さい、姫様! まだお勉強が残っておりますよ!」
「いいの! もう終わったの! あなたお散歩行くわよ、ついてきなさい!」
「ああ、それならお着替えをなさいませんと……!」
 ふいに廊下の向こうから、幼い少女と女官らしき声が聞こえてきた。見れば、白いドレスを着た少女が部屋の前で20代ほどの女性とやりとりしている。
(あれはアリシアか。大きくなったな)
 ロランは思わず立ち止まり、サマルトリアの王女を見ていた。王女がこちらに気づき、兄や父と同じ青い目をぱちくりさせる。女官もロランに気づき、まじまじと見つめてきた。怪しい者かどうか探っているのだ。すぐにその視線が、ロランのベルトの中央を飾るメダルに気がついた。
「その紋章……もしやロト王家の方では?」
ローレシアの、ロランです」
 ロランは会釈した。まあ、と女官は頬を赤らめる。ロランのベルト飾りには、翼を広げた鳥の紋章が刻まれている。これは世界でもロト王家にしか許されない、意味のある紋章だ。でも偽物を作ろうと思えば誰にでもできるので、紋章だけでこちらの身分を推し量った女官は、いささか不用心だなとロランは思うのだった。