蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・9

「さっき、店から男の子が出てきたんだけど……」
 ふと、あの子どものことが思い出されて、ロランが何げなく口にすると、小隊長は「ああ」とうなずいた。
「その子どもは、店主のかみさんが、ムーンブルクの兵士から預かったそうです。親戚同士だそうで」
「いつから?」
ムーンブルクが襲撃される、ひと月ほど前でした……。預けたその兵士も、何か感じたのかもしれないですね。虫の知らせでしょう」
「その子の親は?」
 小隊長は、やや気の毒そうな顔をした。
「あれから迎えに来ないので、おそらくは……」
「……わかった。ほかに、何かあったか?」
 悲しみに流される前に、ロランは小隊長の憶測を打ち切った。彼は記憶をたどりながら口を開いた。
「……そう、ムーンブルクの兵士がもう一人、町に立ち寄りましたよ。ひどく怪我をしていました。ムーンブルクからキメラの翼を使ってローレシアに飛ぼうとしたらしいのですが、発動に失敗してこちらに落ちてきたようです」
「……その兵士は」
「はい。ローレシア城に向かった、例の兵士でございます」
 キメラの翼は、鳥の片翼を模した魔法の道具だ。かつて存在していた魔物、キメラの羽根には、自分の知っている町を行き来できる呪文『ルーラ』の効果があったので、珍重されていた。しかし時の流れの中、いつしか絶滅してしまったらしい。
 現在では、鳥の羽を魔力に浸して同じ効果を持たせた道具になっている。
「道具の発動に失敗するなんてあるのか?」
「ごくたまに、あるそうです。キメラの翼がルーラの呪文と同じ効果なのはご存じの通りですが、あれは使い手の記憶を元に発動するとか。その兵士は、一度しかローレシアの首都に行ったことがなかったようで、傷の重さで記憶が混乱して、ローレシアに飛んだつもりがこっちに来てしまったのだろうと思われます。あ、これは彼の看病をした町の神父の受け売りですが」
「なるほど」
 ロランは眉をひそめた。
「でも、どうして君達は彼を引き止めなかった? 彼は……命がけで城にたどり着いた後、息を引き取ったんだぞ」
「それは……」
 小隊長は面持ちを固くした。やがて痛々しく目を伏せる。
「お責めになられても仕方ありません。我らも、彼を手当てしようとしたのです。しかし彼は、かたくなに治療を拒みました。時間が惜しいと焦っていたのです。間違ってリリザに着いてしまったことを知ると、先にサマルトリアの王様にムーンブルク陥落の報を伝えるよう言い残し、その足で去っていきました。あんなに必死な顔で自分が行くと言われれば、誰も……止めることはできなかったでしょう」
「……そうか……」
 ロランの脳裏に謁見の間で息絶えた兵士が浮かび上がった。命をかけて悲報を伝えた彼は、おそらく自分を恥じていたのでは、と思う。
 最後まで戦わずあえて守るべき城を離れ、三国の長であるローレシアに向かった。王や仲間を見捨てても走った理由を、彼は自分の命と引き替えにしたのだ。
 生きるために走ったのではない。使命を果たし、死んで仲間の元へ行くことこそ、彼の本望だったのではないか。
 ロランには、そう思えた。
「……ありがとう」
 ロランはテーブルに両手を突いて立ち上がった。
「僕は今からサマルトリアの城へ向かう。ムーンブルクのことは、いずれここにも伝わるだろうけど、町の人が不安にならないようにしてほしい。……それから、あの子のことも守ってあげてくれ」
「王子様……」
 思いつめた顔のロランに、小隊長も使命感に表情を引き締めた。すぐに立ち上がり、敬礼をする。
「王子の旅のご無事を、我ら一同、心よりお祈りしております。――ああ、でも、お急ぎの気持ちはわかりますが、せめて一泊くらいはなさってはいかがですか」
「しかし……」
「お気持ちお察しいたしますが、その……ひどくお疲れのご様子で。宿の手配はこちらでいたしますので、どうか」
 言われて初めて、ロランは自分の汗の臭いに気づいた。頬を赤らめる。
「ありがとう。頼むよ」
「はっ!」
 小隊長はようやく、安堵して笑った。

 
 町で一番大きな宿屋の、最も高い部屋を取ってもらい、ロランは何日かぶりにベッドで眠った。固い地面に慣れかけていた体は、久しぶりに柔らかい布団に触れ、吸い込まれるように眠りに落ちていった。
 宿を切り盛りする父親とその娘は、深夜になって宿の客が落ち着いたころ、暖炉のある部屋で夜食を取りながら、宵の口から早々に寝入ってしまったロランについて、あれこれ話し合っていた。
「一体あの男の子は何者なんだろうなあ。うちの町の兵士が何人もあの子について来ていたぞ。男の子は、一番いい部屋に泊まれると聞いて、なんだか困っていたみたいだが。しかし雰囲気が、まるでどこぞのやんごとなきお方のようだったなあ」
「ねえ、私、ひょっとしたらあの子、ローレシアの王子様じゃないかって思っちゃったんだけど」
「何? 王子様だって?」
 父親が目を剥くと、娘は笑った。
ローレシアからの旅の人達がうわさしてたの。ローレシアの王子様が、たった一人でハーゴン討伐の旅に出たんだって」
「しぃっ!」
 父親は辺りをはばかって声を潜めるよううながした。
「めったにハーゴンの名前なんか口にするもんじゃない。悪口だって聞こえてみろ、聞きつけた魔物が襲ってくるぞ」
 娘は目を丸くして口を閉じた。ハーゴンの魔物は人間に化け、人間の動向を探ることもあるという。少し不安になり、父を見つめた。父親は辺りを見回し、ふうっと息をつく。
「嫌な世の中になったもんだ。おちおち世間話もできやしない」
「でも、本当に王子様がハーゴ……そいつをやっつけてくれれば、私達、いつも通り暮らせるのよね」
 娘が言い、父親もうなずいて暖炉の火を見やった。娘も燃える炎を見ていた。
 ひと月前、親子は南の空が赤く燃えるのを見ていた。夜中にもかかわらず、まるで夕暮れに戻ったかと思うほど赤々と輝いていた。
 それがムーンブルクの城と町の人々が燃えた炎であったことを、二人が知るのは、ロランが町を出てほどなくしてからだった。