蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・6

「だが、わしはもう60歳になる。さすがに剣を振るうには年を取り過ぎた……。せめて今のお前くらい若ければな」
「……父上」
 視線を落とした父を振り向き、ロランは言った。
「もし、ロトの血が試される時が来たのなら、それは今なのではないですか?」
「ロラン……」
 肩から手を放し、王はロランを見つめた。ロランはしっかりと父の目を見つめ返した。
「そのために、僕はずっと剣の技を教えられてきたのでしょう? それに僕も、みんなのために自分ができることをやりたい。この城にじっとしてなんかいられない。父上、どうかお命じください。僕にハーゴンを倒せと」
 父王は、口を曲げて目を細めた。小さくうなずく。
「行ってくれるか……」
 鼻から息を吸い込み、王は幾度もうなずいた。自分に言い聞かせ、なだめるように。
「お前が決めた道だ。むしろ、お前から言い出してくれたことが父はうれしい。もし一言もなく、あの兵士の死に怖気づいているようであれば、無理にでも城からたたき出していたがな」
 軽口のようだが、父なら本当にそうしかねないと、ロランは思った。
「――ヒンメルが戦死したこと、いまだ実感が湧かぬ」
 王は重いため息をついた。深い悲しみが目の周りによどんでいる。
「だが、あの兵士の存在が何よりの証拠。ルナ王女は行方知れずというが、その死を見た者がいないのなら、まだ希望はある。天と、我らロトの一族の守護神である大地の精霊ルビスが、我らをお見捨てになろうか……。
 わしも捜索隊を出すが、ロランよ。まずはサマルトリアに向かい、ランド王子と合流せよ。そして二人でルナ王女の行方を捜してくれ」
「ランドと?」
「そなた一人では、とても邪神官ハーゴンと魔物どもには勝てまい」
 厳しいまなざしが、ロランを捉えた。
「我らは由緒正しき勇者の子孫ゆえ、皆から代々崇められてきた。だが、決してその名におごってはならぬ。もし我らより力持つ者がおるのなら、その者こそ世界を救う勇者だろう。しかし我らは誇り高き勇者の子孫として、背負ってきた使命をまっとうせねばならぬ」
「はい」
 ロランは固い面持ちでうなずいた。父の言葉は、表向き以上の意味がこめられていた。
 なぜなら、ロランは魔法が使えないからである。

 ――どうだ、ロランの様子は……?
 ――まことに残念でございますが……王子様に、魔力は感じられません。
 ――なんと、ロランは魔法の才が全くないと申すのか?
 ――はい……どうやら、只人(ただひと)のご様子でございます。

 柔らかい布団に寝かされていたことと、天井を見上げてろくに身動きもできなかったことは覚えている。だから、生まれて間もないころであったろう。
 父と、当時仕えていた城の魔道師が、悲しげにやりとりしていた。魔力がなく、ただの人間として生まれたことを。
 だが、父も、当時生きていた母も、誰もそのことをあからさまにはしなかった。ただすこやかにロランが育ってくれることを願っていた。竜王を倒してから長く平和が続いていたので、ロランの代も何事もないだろうと、そんな考えもあったのかもしれない。
 だが、ついに静寂は破られた。
 魔物との戦いに魔法は不可欠である。剣では通らない固い表皮にも、呪文の炎が効くことがある。薬草では治せない重い傷も治療できる。その力があったから、初代は一人で勝利できたといえよう。
 勇者の子孫は戦士の系譜でもある。より強い力を残そうと、代々の王は伴侶に魔力の高い尼僧や魔法使いを選んできた。ロランの母親も優秀な魔法使いだった。しかしその力は受け継がれず、母はどこか自身を責めていたように思える。その心労も重なって、早く逝ってしまったのだろうか。

 
「お前がさっき、ああ言ってくれてな、わしは本当にうれしいのだ」
 ロランを見て、王は微笑んだ。
「お前とてロトの子孫だからというおごりあって言い出したのではなかろう? だが、たとえ血が薄れ、名が建前に過ぎなくとも、ロトの名は今も人々の希望なのだ。だからハーゴンの魔物どもも、真っ先にムーンブルクを壊滅させたのであろう」
「はい……」
「わしやサマルトリア王は大きく動けぬ。大々的に軍を出せば大きな戦になり、民が疲弊する。だがおそらく、精鋭ムーンブルク軍を壊滅させるほどの魔物の群れに、こちらがいくら兵を集めたところでかなわぬだろう……かつての竜王の時代のように……」
 ロランは口元を結んだ。自分にも世界を救うほどの力はないかもしれない。
「……勇者は、人々の祈りが高じた時、世に降臨するという。伝説は語る。真なる悪を倒すことができるのは、勇者のみ……」
 初代の肖像画を見上げ、王は歌うように言った。
「その者にわしの息子が、と思ってしまうのは、親の欲目か。だが……もし、分かたれた三つのロトの血が再び合わさるのなら、おそらくはハーゴンに対抗する力となり得るかもしれぬ」
 王は視線を右に向けた。ロランも見た。初代とローラの肖像の脇には、親子の絵があった。初代とローラ、そして彼らの三人の子ども達である。ローレシアを継いだ第一王子は、ロランによく似ていた。
「ロランよ。ランド王子なら、きっとお前を助けてくれるだろう」
 ロランもうなずいた。ランドとルナとは、6歳までよく会って遊んでいた。親同士の仲が良く平和だったこともあり、何かの行事ごとに出向いては交流を重ねていたのである。
 しかしロラン達が7歳になった時、ふつりとそれは途絶えた。ロランの戦士としての教育が始まったのもこの頃である。
(もしかして、魔物や邪教の侵攻が始まったのは、その頃から……?)
 ロランの眉がくもった。ロトの名のもと人々を救う戦士として世に送り出すために、父達は覚悟を決めていたのかもしれない。
 自分にできるだろうか。ふいにのしかかった期待と重圧に、ロランは一瞬息が詰まった。
(……でも、ランドと、ルナが一緒なら)
 ロランは描かれた第二王子と第一王女を見つめた。ランドとルナも、この二人に驚くほど似ていた。逃げ出したい気持ちは、徐々に薄れていった。
 ランドもロトの子孫として同じ宿命を背負っている。ルナも生きているなら、ロラン達と同じ気持ちと向き合っているに違いないから。
 父の、ロランの肩を抱く手にそっと力がこもった。
「……お前達は、まだ淡い光にすぎん。目立たぬよう、今は力を蓄えよ。眠っていた勇者の力が甦り、やがて才が開花すれば、おそらく強大な魔物も倒せるようになるに違いない。そしてそれは、戦いの内にお前自身が証明してくれると、わしは信じておる。
 旅立ちは、近臣以外には知られてはならぬ。先も言ったように、邪教に目を付けられてはよくないからな。お前一人でサマルトリアへ向かうのだ。やってくれるな、ロラン?」
「はい!」
 父に向き直り、ロランはしっかりと応えた。不安は残るが、むしろ自分を期待してくれたうれしさが勝った。父は、ほっとしたように目元を笑ませた。
「よくぞ言った。さすが、我が息子じゃ。頼むぞ」
 そして親子は初代とローラの肖像に向き直り、祈った。
 かつての勇者とその伴侶は、穏やかに子孫達を見つめ、励ますように微笑んでいた。