蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・3

第1章 勇者の末裔

【破滅の足音】

 世界の東に位置する広大な大陸の南に、交易船がいくつも停泊し、海鳥が飛び交う美しい港町がある。
 鮮やかな色合いの屋根が軒を連ねる街並みの中央を、大通りがまっすぐ伸びていた。その先には国王が住まうローレシア城があった。優美な城影は、日々懸命に生きる人々を優しく見守っているようである。
 かすむ目で、その若き兵士は昼下がりの陽光に照らされた城を見つめた。支えにした鉄の槍にすがって、一歩ごとに大きくよろめきながら歩いていく。
 新鮮な魚を求めて店先で値踏みしていた買い物客や、サマルトリアからの木工品を馬車に積んだ家具商人達が、驚いて彼を見送る。見かねた商店の主が、具合の悪そうな彼を気遣って声をかけたが、兵士は歩みを止めない。道行く人も見かねて彼に手を貸そうとしたが、一心不乱に歩き続ける姿に気圧されて、触れることができなかった。
「……早く……ローレシア王にお伝えせねば……」
 荒い吐息の合間、自分に言い聞かせるように兵士はつぶやいた。顔は白く血の気が失せ、唇は乾いてひび割れている。もとは鮮やかだったろう赤い鎧には、切られたような筋や焦げ跡があった。


 城門に並んで立っていた衛兵の二人が、足を引きずって歩いてくる彼を発見した。即座に駆け寄る。
 城まで来て安心したのか、膝を崩して倒れこむ兵士を両脇から抱き支えた。兵士の手にしていた鉄の槍が石畳に音を立てて転がる。
「その鎧の色、ムーンブルク城からの者だな? おいっ、しっかりしろ!」
 衛兵の一人が、うつろな目でうわごとをつぶやく兵士に呼びかける。もう一人が傷の手当てを、と言うと、兵士はその言葉がきっかけだったかのように目の焦点を取り戻し、弱々しくかぶりを振った。
「いや、まず国王陛下にお目通りを……。火急にお伝えせねばならぬことがあるのだ……!」
 衛兵二人は顔を見合わせ、瞬時にうなずいた。ローレシアと姉妹国であるムーンブルクから血まみれの伝令があったということは、こちらに緊急の支援と対策を要するに違いなかったからだ。
「城の者が騒いでは、この者の体に障る。静かに謁見の間へ」
「ああ」
 二人は、詰所にいる控えの衛兵に手で交代の合図を送ると、倒れたムーンブルクの兵士を両方から支えて立たせた。兵士は二人の手を借りて、そろそろと2階にある謁見の間へ連れて行かれた。


 謁見の間では、国の重鎮達が集まって評議を行っていた。床より1段高い台座には、玉座が二つ置かれている。左側の玉座には、赤いローブをまとい、肩まで伸ばした銀髪に王冠を頂いた初老の男が座っている。国王ローレシア3世だ。その右側には栗色の髪をした青い瞳の少年が座していた。
 ローレシア第一王子、ロランである。
 ロランは若輩の身ながら、国の政に参加していた。次期国王として学べることは早いうちが良いという父王の判断で、ロランが16歳になった今年から、評議の場に出席しているのだ。
 といっても、今のロランが自分から意見することは父から止められている。父の隣で評議の内容を聞くだけだった。
 ――まずはしっかりと国の内政事情を知っておくこと。どう動くかはそれからだ。
 まっすぐな父のまなざしに、自分に掛けられた期待がずっしりとのしかかるのを感じつつ、ロランは気丈にうなずいたものだ。
「――やはり、建国記念祭は行うべきでしょう。今年はローレシア建国100年に当たる節目の年。国民もずっとこの祭りを楽しみにして参りました」
 大臣の一人が意見を繰り返すと、もう一人が渋い顔でさっきと同じ意見を繰り返す。
「いや、祭りは中止すべきです。つい半年前、リリザを結ぶ街道沿いの宿場町が魔物の軍勢に壊滅させられたではないですか。その喪も明けきらぬまま、忘れたように浮かれ騒ぐのはどうかと……」
「浮かれるのではない、不幸があったからこそ、民はそれを忘れたいと願っておる。めでたい知らせを持ち上げて憂さを晴らすことも必要だろう」
 先の大臣が意見すると、反論した大臣がむっとして言い返した。
「国情を忘れておいでか? 我が国がここ数年で失った町と村の数を考えられよ。この短期間でいくつもの町や村が魔物の……邪教の集団によって壊滅させられたのだ。全住人が突如消滅した村、いたずらに破壊を受けた町。その被害額、卿もご存じであろう」
 むう、と言いよどむ大臣の向こう側にいた、一番年寄りの大臣が、ふさふさした白髭を動かして言った。
「……それと、難民のことも覚えおかれなくてはのう。この城下町にも、住まいを失った民が王を頼ってぞくぞくと訪れておりまする。我が国王はお優しい方ゆえ、国庫を開いて救済に当たられておりまするが、そのう……いささか蓄えが心もとなく……」
 あいや、批判ではありませぬぞと、老臣は咳払いする。王は軽く片手を上げて、気にしていないと示した。
「そなたらの意見、もっともである。国費については、わしも頭を悩ませておる。一日も早く難民達のため新しい住まいを再建し、元の暮らしに戻ってほしいと願っておるが……」
 それにはやはり税を増やすべきだろう、と誰かが言い、また反論する者が出て意見が真っ二つに分かれた。ローレシアは無駄な税金を取らず、国政に携わる者や行事全てにおいて倹約に努めてきた国家である。
 かつてロランの曽祖父がこの国を興した時、ここはただの広い大地だった。働く民から搾取して自分はその上にのさばる、そういったことを決して良しとしなかった彼の意思は、今も受け継がれているのだ。
 しかし内政不安で、そう言っていられない事態である。少しでもゆとりある民に負担を強いることは必要なのではないか。評議の場が熱くなりかけた、その時だった。
 謁見の間の扉が許しもなく両開きになり、近くにいた大臣達がぎょっとした。
「国王陛下に謁見のお許しを! ムーンブルクから火急の用にございます!」
 血まみれの兵士を抱えた衛兵の一人が声高に告げた。
「道を開けよ!」
 王は右手を横に振った。異論も抗義もなく、大臣達は左右に割れて王の前に道を作る。深紅の敷物の上を、ムーンブルク兵は衛兵の手を借りず、体を左右に揺らしながら進み出た。王の数歩前まで来ると落ちるようにひざまずき、決死の思いで王を見上げる。潰れかけた喉を励ましながら、懸命に話しだした。
ムーンブルクの兄国にしてロト三国の同盟主、ローレシア国王陛下にお伝えいたします……。過日、ムーンブルクの城が邪教の大神官ハーゴンの軍勢によって陥落いたしました……!」