蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・76

 店内はこぎれいに片付いていて、壁際に見本が置いてあった。
 魔道士の杖、鉄兜は見慣れているが、竜の角の装飾が豪華な手甲に鋭い刃が付いたドラゴンキラー、青みがかった銀色が美しい魔法の鎧、そして金の縁の中心に、魔法の鎧と同じ金属が扱われた壮麗な円形の盾が目を引いた。
「それはミスリル銀っていう、魔法を蓄積・発露しやすい金属が使われていましてね。ミスリル銀は鉄より軽くて強度もあるから、あまり力がなくても扱える人が多いんですよ……持ってみますか」
 円形の盾は、力の盾といった。天にかざせば、盾に込められた大地の精霊の祝福が発露し、傷や体力を回復させてくれるのだという。主人がすすめるので、ランドが手にしてみた。
「うわあ、ほんとだ。持ちやすい。これはぼくでも使えそうだ」
「ちょっと貸して」
 ルナもランドから借りて持ってみる。だが、両手でようやく支えられる重さだった。
「うーん、私には無理ね。やっぱり重いわ」
「……失敗したシチュー鍋は、軽々海に放ってたくせに……」
「……ロラン、何か言った?」
「いや、別に。――あ、あの剣は? あれは売り物ではないんですか?」
 ロランはルナの視線を避けて、カウンターの奥を指さした。薄暗い壁に、横向きに華奢な剣が飾ってある。
「ああ、あれははやぶさの剣ですよ。売らないわけじゃないんですが、使いこなせる人がめったにいないんで、奥にしまってあるんです」
 店主は細身の片手剣を両手で捧げ持つように壁から外し、持ってきた。
「きれい……武器というより、装飾品ね」
 ルナがうっとりと言った。ハヤブサを模した金の柄に、細い金鎖の装飾が華麗な剣だ。片手で持つが、刀身は平型で意外と長く、たしかに扱うには技量が必要に見えた。
「まるで儀仗用だな」
 ロランも、試着してみたドラゴンキラーと見比べてしまう。こちらの頑健さに比べたら、はやぶさの剣はずっとひ弱そうだ。
「ところがお客さん。これはただの剣じゃないんで。切りつける時、素早さを上げる魔法がかかって、相手に二回攻撃できるんですよ」
「二回攻撃? それはすごいな」
 ランドが手を伸ばすと、店主が持たせてくれた。ランドは剣を抜いてみた。軽く足を開いて上下左右に振り、形(かた)を取ってみる。細身剣の技術を学んできただけに、その姿はさまになっていた。
「似合うじゃない。思い切って買う?」
 ルナが手をたたくと、ランドは苦笑し、腰のあたりで剣を鞘に戻した。
「うーん、これは良い剣だけど、ぼくにはまだ、軽すぎるな」
「そんなに軽いの? いいことじゃない」
「いや、そういう意味じゃないだろ。貸してくれ」
 ロランはランドから剣を受け取ると、抜いて軽く振った。なるほど、と納得する。
「この剣、あまり威力はなさそうだな。軽すぎる。かなりこっちの力が強くないと、かすり傷しか与えられない」
「その通りです」
 ロランの説明に、店主がうなずく。
「だから皆さん、その剣を敬遠するのですよ。性能はいいのですが、使い手を選んでしまうんです。まあ、そちらのお客さんなら十分威力を発揮できるんじゃないですか?」
 そちらとは、ロランのことである。ロランは背にしたロトの剣を思った。ドラゴンキラーは、見たところロトの剣より威力を上回っているだろう。刃の輝きを見ればわかる。はやぶさの剣も、二回攻撃という点が心惹かれた。敵の数が多い時に重宝しそうだ。
 だが、自分よりランドが気になった。ランドは店主の手に戻ったはやぶさの剣を見つめている。きっと気に入ったのだろう。
「ランド、欲しいか?」
「え?」
 ランドは振り向き、珍しく言葉を濁した。
「うん……。でも、今はやめとくよ。ぼくじゃ、腰の飾りになってそうだから」
「とりあえず、買っておいたら? あとで役に立つかもしれないわよ」
 ルナが言ったが、ロランが苦笑した。
「ごめん。この中の、どれか一つしか買えそうにないんだ」
「じゃあ、力の盾にするよ。いいよね?」
「ああ。それじゃ、その盾をください」
 ロランが財布を取り出し、店主は愛想よく微笑んだ。
「毎度あり。ああ、はやぶさの剣も取っておきますよ。またテパにおいでになったら、その時買ってください」
「ありがとうございます」
 ロランは礼を言った。店主は、奥から保管していた新品の盾を持ってきて、ランドに持たせてくれた。鉄の槍と相まって、なかなか似合った。ロランと目が合うと、ランドはうれしそうににっこりした。

 

「さて、困ったわね」
 店を出ると夕暮れが近かった。民宿に戻る道で、ルナがつぶやく。
「モハメさんもお留守だし、不思議な石があるっていう塔も行けないし。ここですることは、もうなさそうね」
「そうだな……。残りの紋章も手がかりがないし、行きづまったな」
 ロランも吐息をつく。ランドが言った。
ベラヌールの町は? あそこは、ロンダルキアに一番近い場所だったよね。そこにつながる旅の扉のありかを探してみるってのは?」
「あ、そうか……。それがあったな」
 ロランははっとした。こういう時、ランドはいいところに気がついてくれる。
「それに、盗賊ラゴスって人も探さなきゃ。水門を開けてあげたら、村の人も喜ぶよ。満月の塔にも行けるし」
「そうね。ベラヌールくらい大きな町なら、ラゴスの噂も伝わっていそうね」
 ルナも賛成する。それで次の行き先が決まった。まずルプガナに戻って、そこから北上してベラヌールを目指すことにする。
 ルーラでひとっ飛びすればすぐにルプガナに着けたが、今夜は民宿に泊まって休むことにした。
 今夜の食事はどんなのだろう、と笑いながら話していると、道で小柄な老人とすれ違った。ロランは身長が高い方だが、その腰までしかない背丈だった。
 しかし短く刈り込んだ白髪に鋭い眉とまなざしは、一筋縄ではいかない厳しさと高潔さがあった。着ている着物も清潔で、しかも足が速い。
 ただ者ではない、とロランは直感したが、誰何を問う前に老人は夕闇の向こうに消えていた。

あとがき 

諸君、よくぞここまでたどり着いた。

私は王の中の王、竜王のひまごである。

この作品の最終章で蒼雪が構成上私のエピソードを入れられなかったため、急遽あとがきに抜擢されたのだ。愚かな奴だが、まあよい。

私の語りで読めることを光栄に思うがよい。

あとで恥をかくのは蒼雪だがな。こんな書き方をして…。読み返すのが恥ずかしくなるだろうに。

世間がドラゴンクエストⅡをやっていた頃、蒼雪はかの悪名高き「元祖西遊記スーパーモンキー大冒険」をやっていた…。

しかしその後ドラクエⅡと運命的に出合いを果たし、以来Ⅱを愛してやまぬ。

それからドラクエシリーズのファンとなった蒼雪は、当時エニックスが出版した公式のエピソードブックや小説を買いあさり、ドラクエ世界に没頭するようになった。

だが、公式と銘打った「小説ドラゴンクエストⅠ、Ⅱ、Ⅲ」の出来があまりに悪かったため、当時小学生だった蒼雪は、それなら自分で書く!と、自らⅡの小説をノートに書き始めたのだった。思えばこれが、蒼雪が小説を書くきっかけになったのだから面白い。

2016年はドラゴンクエスト30周年の年だが、昨年から今年にかけてこの作品を書いたのは全くの偶然である。

十何年前のファミコンのゲームの小説に需要はほとんどない。にもかかわらず書きたくなったのは、蒼雪にずっと、書きたかったあるテーマがあったからだ。

それは、「ローレシアの王子たちがなぜ世界を去ったのか」。

吉崎観音のマンガ「ドラゴンクエストモンスターズ+」における4巻と5巻のエピソードで、ローレシアの王子が破壊神を倒した力を一般大衆に恐れられ、居場所をなくして国を出てしまうという話があった。

また、ゲーム「ドラゴンクエストキャラバンハート」では、王子たちが世界を平和にしたあと、国を継がずに行方不明になっている数百年後の世界が舞台になっている。

 

Ⅱのエンディングは、ローレシアの王子が父王に王位を継がされるところで終わる。

主役が姫、もしくは王子と結婚するだの、王様になるという西洋的おとぎ話のパターンだ。

子どもだった蒼雪はその結末に疑いを持たなかったが、大人になった今エンディングを見ると、ずいぶん強引だなと思っていた。(制作期間の短さで話などを練られなかったこともあろうが)

 

だから、上記2作品での世界観と彼らの結末を知って快哉を叫んだものだ。

よく描いてくれた、と。

理想なら、「王になった王子は仲間二人と共に、長く王政を築き幸せに暮らしました」となり、何百年も王国が続いた、とされるだろう。

しかし、ドラクエの世界は諸行無常感が強い世界である。Ⅱでロトの剣の威力が稲妻の剣に負けているように、あるいは呪文の威力がⅢより弱くなっているように(この点は、Ⅰ,Ⅱ,Ⅲの制作計画や期間などの事情によるが)、何もかもが永遠とはならない。

現実の世界でもそうだ。同じ政権が長く続いたためしはない。

Ⅱのエンディングで約束された永遠の幸せ(疑問形)が、発表された作品である意味否定されたのである。

よってキャラバンハートの世界観に否定的な意見も多かったらしい。

だが、このシナリオを書いた人は、むしろドラクエⅡを愛していたのではと思う。

そうでなければ、舞台にⅡを選ばないだろう。奇しくも、キャラバンハートの主人公、Ⅶの主要キャラ・キーファは、自分が王位を継ぐのを良しとせず、自分の居場所を探し続ける少年だった。

Ⅱの王子たちが行方不明になった理由。それはキーファと似たものではなかったのか。蒼雪はそう考えるようになった。

吉崎観音もⅡのファン、特にサマルトリアの王子が好きであろうことは、作品から見て取れる。同じファンとして嬉しい限りである。

それを自分なりに書いてみたいと思ったのが、作品執筆のきっかけである。

書くぞとネットの友人に宣言したら、「それは楽しみです」という返事がきたが、ほとんどの人がサマルトリアの王子加入までで、あとは読んでくれている気配がなかった。

作者の実力不足が原因だが、やはり題材がドラクエⅡという昔のゲームであることが理由のひとつであろう。

蒼雪とて、仮に友人が映画スターウォーズの2作目を異常に愛し、その2次小説を書いていると知ったら、友人の義理で読みに行くが、本当にそれを面白いと思うかは別だからである。

なぜなら、蒼雪はそこまでスターウォーズに詳しくないし、ファンでもないからだ。

かなり昔のゲームを題材にしたこの作品も、ほとんど需要がないというのはそういう理由である。よって、友人らを責める気持ちは全くない。

 

しかし書き手というのは、自分が書きたいから書くものだ。読者がいないとへこむ部分もあるが、一応最後まで書き切れて蒼雪は満足している。

不出来な部分も多く、脱稿したとはいえ、これから地道な推敲作業をしなければならない。電波なセリフや未熟な描写など、直すところはたくさんある。文字の大きさも小さい回が多く、見苦しい点はじきに直すので許してほしい。

 

ともかくは、これで本作品は終了となる。

作品の感想は読み手の諸君が独自にどこかで書いてほしい。

作者は極めて打たれ弱く、その弱さたるやサマルトリアの王子並みなので、モチベーションを保つため、あえてここでのコメント欄は閉じている。

少しでも面白いと思われたら、この上なく喜ぶであろう。

 

今度はいつ小説を書くかわからないが、それまで諸君も元気でな。さらばだ。

 (※文中、敬称略)

 

 

 

 

 

 

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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・204 ~完

ムーンブルクの王女の手紙】

 

 私達と心を共にする、親愛なる皆さんへ。

 ロランとランドがアレフガルドで消息を絶ってから、3年がたちました。
 魔物は、森や草原に棲む動物と同じで、いなくなりはしません。邪教団が消滅してから、活性化していた魔物の活動は一時収まっていましたが、また以前のように森や海、洞窟などにひそみ、旅人を襲ったりしています。
 ハーゴン達が召喚した悪魔族のたぐい――下等なグレムリンなどは、今もあちこちに出現しています。

 魔物を鮮やかに退治して町の人を助けたという若い冒険者二人の噂が、各地から流れていました。吟遊詩人達が、城を捨てて放浪する王子二人の歌をこぞって歌い、皆が哀切な歌に酔いしれました。
 その二人がロランとランドで間違いはなかったでしょう。けれど、彼らが竜王の島に渡ったらしい、という噂を最後に、二人の行方を知る人はいなくなりました。

 

 その間、ムーンブルク城は素晴らしい速さで復興を遂げ、私は数か月前、4代目ムーンブルクの女王として即位しました。
 国を治める忙しい日々の中、時々あの旅を思い出します。ロランとランド、彼らがいた日々を。戦いはつらかったけれど、あのころが一番楽しかった。そして輝いていた時間でした。

 

 ロランに続いてランドまでもいなくなり、サマルトリアは騒然としました。しかしサマルトリア王は、ランドの行方を無理に捜そうとはしませんでした。
 消沈しつつ、それでもランドが幸せならと、意思を尊重されたのです。
 ランドの妹アリシアも、大好きな兄を失ってとても落ちこみました。3ヶ月ほど部屋にこもって出てこなくなったのです。
 私は執務の合間を縫って、アリシアに会いに行きました。部屋の前で、アリシアの悲しい声に追い払われてばかりでしたが、たまに会えた時は、他愛のない話をして過ごしました。みんなが、腫れ物のように避けるランドやロランの話だけをしました。
 アリシアは私が話すランドのことを、もっと知りたがりました。そして打ち明けてくれました。皆が、失踪してしまったランドを、もういないことのように振る舞うのが悲しいのだと。
 私も深くうなずきました。そして、アリシアは私に、良い女王になるにはどうしたらよいか、教えを求めてきました。後継者であるランドがいない現実を受けとめ、幼いなりに将来を考え始めたのです。
 私とアリシアは姉妹のように仲良くなりました。ちょっとわがままでおちゃめだったアリシアは、見違えるように立派になました。落ちこんでいたサマルトリア王も、娘の成長に将来を見いだし、少し安心したようでした。
 それも、兄がいない寂しさをこらえてのこと。時には、私の胸でアリシアはランドを思って泣きました。人前で気丈に振る舞うのは、つらいのは自分だけではないと知ったためです。だから同じようにつらい思いをしている父達を励まそうと、気を張っているのでした。
 そんな姿を見ると、ロランを思い出します。ロランも、そういう人でした。
 今頃、ロランとランドはどうしているのでしょう。ローレシア王の元へは、時間をつくって会いに行っています。国王がひと月に何度も城を留守にするべきではない、という人もいますが、私はあえて慣例を破りました。後見人でもあるローレシア王は、大切な身内。私のもう一人の父というべき存在です。
 それに、ロランが何もかも捨てて旅に出てしまったのは、十数年前、私達の父達が、無理に会わせないようにしたのが原因だと考えています。

 

 私とロラン、ランドは、さまざまな垣根を越えた、強い絆で結ばれています。私達の姿が、ローレシアⅠ世とローラ王妃との間に生まれた3人の子ども達――私達の祖父母によく似ているのは、きっと偶然ではありません。
 私達は、もう一度生まれてきたのです。ロトの勇者の子として。だから、天界におられる曾祖母ローラが、戦いの中で力をお貸しくださったのでしょう。
 本当なら、ひとつの場所で3人、共に暮らすのが理想だったのでしょう。でも、なまじ引き離されてしまったばかりに、お互いを求め合う気持ちが強まりすぎたのです。そのことが、もともと寂しがりやだったロランの心に影を落としていました。

 私達は3人で1人。生まれた場所も親も違うけれど、確かにそうだったのです。そしてランドは、分かたれた魂をひとつにするために、ロランと共にゆきました。
 私はそんなランドを祝福しつつ、少しうらやましくも思っています。
 私も自由になりたい。また彼らと旅がしたい。でも、背負ったものを思うと気持ちが鈍ります。

 皆が私を、世界を救った勇者として崇め、尊敬してくれます。でも、そんな視線が時々つらくなります。
 国の主として働きがいはあるけれど、なんだかみんな、私ひとりに何もかも決めさせようとしている……そんな気がして。

 私はまだ未熟で、学ぶべきことがたくさんあります。でも、私より経験や知識が豊富な大臣達が、私の安易な一言に疑いもせず承諾するのはどうかと思うのです。
 私は確かにロトの子孫で、勇者になった身だけれど、その前に――ひとりの人間です。至らないところがたくさんあります。でもみんな、それを見ようとしません。
 
 国政でつまずくことがあると、私はローレシア王に教えを請いに行きます。王は歓迎して、あれこれ教えてくださいます。でも、一度だけ、こうおっしゃいました。
「もし、そなたがロラン達を追いたいと言うのなら、止めはせぬ。それが先祖の望みでもあろう」と。
 ロランがいなくなったあと、あまり時間を置かず、ローレシア王は王政の廃止と、共和制度を宣言しました。ロランが戻るまで待ってほしいという臣下の意見は却下しました。
「ロランはもう戻らない。わしにはわかる。たとえ戻ったとしても、民は一度国を捨てた王子を、また王に戴きたいと思うだろうか?」
 これに意見できる人はいませんでした。ロランの教育係だったマルモアやシルクスが、そっと涙を拭っておりました。本当はロランに王位を継がせたかったローレシア王の思いを、私達は知っています。

 けれどあえて、王は決意されたのです。ロランが選んだ道を祝福しようとなされたのです。そのためには、何もかも振り切る必要がありました。
 ローレシアは、現国王が崩御された後、新たな宰相を選挙によって適任者から選び、その人が元首となって国を治める制度となりました。王はご健在ですが、明日はロランが戻ってくれるだろうかと、私に会うたびにつぶやいてらっしゃいます。
 そして、サマルトリア王も時々、ルーラの呪文で城を訪れ、ローレシア王に会いにいらっしゃるようになりました。お二人は庭園などでお茶を飲みながら、ロランとランドが子どもの時の話をしておられます。
 そしてこう話しておられるのを聞きました。
「――何もかも遅すぎた。我が子のために良かれと思った配慮が、因果となって帰ってきた。わし達は背負わせすぎたのかもしれぬ。それでもけなげに、ランド達は世界を救う使命を果たしたのだ。もう自由にさせてやるべきかもなぁ……」
「そうだな……。ロランが長くつらい戦いで失ったものは、髪の色だけではなかったようだ。あの子は決して苦労を話さなかったが、話せなかったのだろう。その身や心に受けた苦痛は、とても言葉では表せるものではないであろうからな。……旅の空で、その傷を癒しておればよいが……」
「それは大丈夫だろう。――ランドと会えていればな」

 日々を過ごすうち、私もまた、ロランとランドに会いたいと切望するようになりました。
 そのためには、国を捨てる覚悟が要ります。私を慕ってくれる国民や臣下を見捨てる罪を犯してまで、また旅に出たいと思う自分を責める毎日です。
 でも、ロランが手紙に書き残した一言が、私の中で繰り返されています。

 王はなくとも、人は生きる、と。

 その意味するところを、私はとみに感じるようになりました。
 私がいなくなったら、ムーンブルクは再び滅びるでしょう。でも、そこに住まう人は生き続ける。生あるもの、人の営みは果てしがないものなのですから。……

 

 私は、3年前、自分に賭けをしました。
 ロランがいなくなる前、共に見たあの不思議な巨鳥が、また私の前に現れたなら。
 その時、私はまた旅に出よう。二人を捜しに行こう、と。
 
 もし、願いがかなったら。賭けに勝つことができたら。
 私は行きます。
 この手紙を読んだ皆さん。どうしてと人々から、私が玉座を捨てた理由を問われたなら、「どこかに嫁いだ」とでも申し上げてください。その方が、皆もわかりやすいでしょうから。
 

 ◆

 ルナが手紙をほぼ書き終え、机から顔を上げた時だった。青い空を映す窓の向こうに光り輝く鳥が見えた。それは南の、ロンダルキア山脈から飛んできた。
 ルナは窓に駆け寄り、押し開けた。春の風が金色の髪を吹き流す。
 間違いない。あの巨鳥だ。強く光り輝く神秘の鳥を見た瞬間、ルナの脳裏にロトの紋章が浮かんだ。
 不死鳥ラーミア。遥か古代から語られる、伝説の神鳥。かつて勇者ロトとその仲間達を乗せ、この世界に運んで来た神秘の存在。次元と時空を自在に行き来するもの。
 ルナは衣装箪笥に走ると、いかずちの杖と肩掛け鞄を取り出した。ドレスを脱ぎ捨て、急いで白いローブと紫の頭巾に着替える。そして荷物をつかむと、部屋を飛び出した。
 何事かと棒立ちになる人々の間を走り抜け、ルナは草原へ駆けた。徐々に近づいてくる鳥の背に、二人の少年が見えた気がした。

 

 主のいない部屋で、開け放たれた窓から風が吹き込み、机の上の帳面をぱらぱらとめくる。最後にルナが記したページで、風は止まった。すると、置きっぱなしだった羽根ペンがふわりと浮いて、見えない手がこう記した。
                                                         
                                                                             ――The end.  

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・203

サマルトリアの王子の手紙】

 

 父上。かわいい妹アリシアへ。
 こんな形でお別れを言う日が来るとは思いませんでした。
 ごめんね。でも、ぼくは行きます。ロランは今ひとりぼっちです。誰かがそばにいてあげなくちゃいけない。
 それはぼくの役割ではないかもしれないけれど、ぼくはできることを彼にしてあげたいのです。

 ロランがいなくなったわけを、ぼくはなんとなくわかる気がします。
 なんとなく、というのは、ぼくなんかがロランの本当の気持ちをわかった気になっちゃいけないということで、彼の気持ちを想像すると、胸が痛くて張り裂けそうになります。

 ロランは旅の間、時々ですが、国に帰りたくないと言っていました。このまま旅を続けられたらいい、というのが口癖のようになっていました。
 初めて旅する楽しさを知ったのが大きな理由でしょうが、でも一番は、伝統とロトの名に束縛されて依存する王家の体制に、疑問を感じていたからだろうと思います。ロランが残した手紙を読んで、そう確信しました。

 

 ぼくはといえば、流れに逆らわず、なるようになるさと考えていました。
 世の中というのは、いきなり誰かが変えるのではなく、ゆるやかに、人の思考と求めが変化をもたらすのだと知ったのは、最近のことです。

 ぼく達ロトの王家が求められているのは、見守ることでした。
 でもぼくは、自分が王子だから、何かを変えられると傲慢にも思っていました。もっとたくさんの人に生きる選択肢を与えたいので、サマルトリアに芸能の学校を設立したいと父に相談したのですが、時期尚早だと却下されました。
 今は世界が復興するために時間が必要だから、新しいことを始める時ではない、と。
 焦っていたのはロランだけではなかったようです。ぼくもハーゴンを倒す大役を成したあと、すべきことが見つからず途方に暮れていました。そこでこの案を打ち出したのですが、父の言うとおりであると、人々の暮らしを見ていて否応なしに理解しました。本当にそれどころじゃなかったからです。
 
 ぼくが特権を振りかざして命じれば、学校は作れたでしょう。でも、それについていく人がいなければ意味がない。権力者が人を動かすのは簡単ですが、人やお金は決して、権力者の持ち物ではないのです。それは借り物にすぎないのです。
 父の助言がなかったら、危うく道を誤るところでした。

 でも、いずれ学校を建てるにせよ、そうするにはそれができる基盤となる市井の生活が必要で、それに、そういうところに行きたいという人々の要望もなければいけない。
 一応市民の意見を調査したのですが、我がサマルトリアはのんびりした国民が多く、歌や舞いを好みますが、学校に行ってまで芸を磨き上げ、有名になりたい、というほどの人はいないという結果が出ました。それもまた、ぼくが断念した理由です。
 
 ぼくはこのことで大切なことを学びましたが、やはり焦りは消えませんでした。ルナは自分の城と国を復興させるために尽力しています。ロランも、王位継承の準備で忙しそうだった。ぼくだけが取り残された気分でした。
 そんな時、ロランが忽然と姿を消したと聞き、とても衝撃を受けました。
 まさかぼくに一言の相談もなくいなくなるなんて、考えてもいなかったからです。

 ロランが残した手紙を読んで、ぼくはとても悲しかった。どうして自分を置いていったのかと責める気持ちもありました。
 でも、ほんの少し安心もしていたのです。ロランは自分のやることを見つけたのだと。ロランが自分の意思を尊重して生きる道を選んだことを、ぼくは祝福します。

 そしてぼくは、もしかしたらロランが会いに来てくれるのでは、と期待していました。だから一生懸命待っていました。7日も。
 でも、彼はとうとう現れませんでした。人目を避けて城の側に来るのではと、ぼくもこっそりあちこちを歩いてみましたが、姿を見つけることはかないませんでした。
 それで、ロランの決意の固さを思い知りました。彼は決して、ロトの土地を踏まない覚悟なのです。

 

 世界の放浪者となったロラン。旅をしたぼくには、世界は狭く感じます。それはロランやルナも同じでしょう。
 どこにも行き場がないなんて、なんて悲しいことか。
 ぼくらの祖先、ローレシアⅠ世は、ローラ姫がいたから建国までの長い旅を続けられたと思います。自分を愛してくれる人がそばにいれば、それだけで世界に自分が存在する意味を持てるからです。

 ロランは、自分が誰にも愛される資格がないと思っています。
 だから彼は誰よりも優しかったし、そして、誰よりも寂しそうでした。
 彼は生まれてすぐ、査定にかけられています。ロトの名を持つ者として優秀な力をそなえているかどうかを。魔力を持たなかった彼は、彼の両親を喜ばせるものではありませんでした。
 彼に最後に会った日に、ロランはぼくに話してくれました。自分が生まれてすぐ、魔力がないことを知らされた父王が、ひどく落胆していたことを。
 自分という存在が生まれたせいで、親を悲しませてしまったことを、ロランはずっと責め続けていたのです。そして少しでも親達の期待に応えるべく、武芸や勉強を怠りませんでした。
 ロランは自分が王子に向いていないことを自覚していました。ロト王族として、公の場に出ることも苦痛に感じていたのです。そうなんだと初めて知ったのは、旅の途中、ラダトームで歓待を受けた時でしたが。

 ロランは小さいころ、もっと元気にあふれていました。わんぱくといっていいくらいでした。そしてよく、ぼくの手を引いて木登りやいろんな遊びを教えてくれました。
 でも旅のために再会したロランは、ぼくの知っていたロランと違っていました。やんちゃさは影をひそめて、思慮深い雰囲気になっていました。まわりに気を使うあまり、自分を抑え続けたためでしょう。
 ぼくはそんなロランが、ちょっと心配でした。思いつめすぎて病気にならないかと思っていました。

 そしてついに、ロランは行ってしまいました。自分の居場所を探すために、与えられた場所から飛び立ったのです。
 ぼくやルナに相談しなかったのは、ルナはともかく、ぼくまでが彼についていくことを懸念したからでしょう。
 巻き込むことを避けたのです。彼らしい思いやりだと思います。

 でもぼくは、あえて彼の望みにそむきます。ロランを捜しに、旅に出ます。
 もしロランを見つけることができて、彼に帰る意思がないのなら、ぼくも戻りません。

 この手紙を読むだろう、ルナへ。

 君がロランを引き止めなかったことは、ちょっと悔しく思っています。ぼくは、君がロランの居場所になるならと、少しだけ期待していたから。
 でも、本当の本当の気持ちは、その役目がぼくであったらって思ってたんだ。
 もう、自分にうそはつきたくない。気持ちををごまかして笑いたくない。
 ぼくはロランの前でなら素直な気持ちを出せる。ロランがぼくの居場所なんだ。ロランがいない世界で、ぼくは生きられない。
 君が、ラダトーム城でロランと踊っていた時、ぼくは寂しかった。でもロランが君を好きなことを知っていたから、あえて黙っていたけど。
 本当は見ていてつらかったと、ここに正直に書きます。

 さようなら、ルナ。君とロランと、旅をしたこと、ずっと忘れないよ。
 ありがとう。心から感謝をこめて。
                         ランド・ロト・サマルトリア

 アレフガルドの草原を、青い服の少年がひとり歩いていた。乾いた秋風が渡っていく。見覚えある背を見つけたランドの胸は割れんばかりに激しく鳴った。
「おーーーい! 待ってくれよー!」
 駆け寄りながら声の限りに呼びかける。ただならぬ気配を感じたのか、少年は驚いて振り返った。間違いない、ロランだ。背に帯びた、特注の鞘に収まった稲妻の剣が揺れる。
 息せき切って追いつくと、ランドはあっけに取られるロランの前で膝に両手を置き、荒い息を整えた。
「はあ、はあ、はあ……ひどいじゃないかっ、ぼくを置いていくなんて!」
「ひどいって……」
 ロランは鼻白んで、眉根を寄せた。
「ちゃんと手紙、書いたじゃないか」
「あんなの言い訳にもならないよ! 元気で、としか書いてなかったじゃないか。それでぼくが納得すると思ったのかい?」
「……言葉にできなかったんだ」
 ロランは寂しげに微笑んだ。
「それに、ランドだって国を継がなきゃならないだろ。誰か良い人を見つけて、将来を築かなきゃならないだろ。……それがランドの幸せだと思ったら、一緒に来いなんて書けないよ」
「でもぼくは待ってたんだぞ。君が迎えに来てくれると思って、7日も」
「7日も?――のんきだなあ」
 昔のことを思い出して、ロランは笑い出した。ランドはふくれた。
「だって、またすれ違ったら嫌だからさ。――それにねえ、」
 感極まって裏声になり、ランドは咳払いした。
「君が言うぼくの幸せって――それは押しつけだよ。ぼくが思う幸せは、そんなことじゃないよ。君にだってわからないさ」
「じゃあ――何なんだ、ランドの幸せって?」
 それを言わせるのか……。さすがにランドはロランが少し恨めしくなった。
「……旅立つローレシアⅠ世に何度『いいえ』と言われてもめげなかったローラ姫はすごいよ……」
「えっ?」
 ロランは肝心なところで鈍いのだ。ランドはあえて答えず、腰に手を当てて見すえた。
「まさか君は、このぼくに帰れとか言うんじゃないだろうね?」
「……ごめん。さっき、ちょっと言いかけた」
「ばかあ!」
 間髪入れず怒鳴り返すと、ロランは一瞬の間をおいて、笑い出した。腹を抱えながら、けれど、光るものがうつむいて笑う頬から落ちた。
「……でも、本当にいいのか?」
 ロランは濡れた目元を指で払って、ランドを見つめた。ランドは、うなずき返す。
「半年」
「え?」
「半年間も君を捜し回ってたんだ。気持ちが変わるなら、とっくに変わってるよ」
「……そうか」
 ロランは初めて、安堵した顔を見せた。荷物を背負い直す。
「――じゃあ、行くか。アレフガルドを巡ったあと、竜王のひ孫に、もう一度会いたいと思ってるんだ」
「いいね。行こう!」
 ロランとランドは、肩を並べて歩きだした。

「……ねえ、炎の祠で見た、勇者ロトの幻を覚えてる?」

 歩きながら、ランドは尋ねた。ロランは眉を少し曇らせてうなずいた。

「ああ。ロトは、全てが終わったあと、たった一人でこの世界のどこかへ旅立ったんだよな……。ひとりぼっちで、とても悲しそうだった」

「うん。そうだったね……。でも、ぼく、ロトの仲間に、きれいな女の人がいたのを見た気がするんだ」

「え?」

 ロランはランドを見た。ランドは淡く微笑んだ。

「旅に出たロトは、一人じゃなかったんだよ。確かに、炎の祠では、自分が来た元の世界に帰れなくて嘆いていたけど……でも、最後までひとりぼっちじゃなかったんだ」

「ああ……そうか」

 そうだよな、とロランは深く息をついた。口元がゆるむ。

「そうじゃなきゃ、今の僕達はいないもんな」

「うん。きっとあの女の人が……ロトといたから、ロトも、きっと寂しくなかったと思う」

「……そうだな」

 ロランは歩みを止め、まっすぐ前を向いた。青い空と、広い緑の大地が広がっている。

「……よかった。ロトも、こんな気持ちでこの景色を見ることができてたんだな」

「……うん」

 ランドも同じ景色を見つめた。ありがとう、とロランがつぶやくように告げる。振り向くと、ロランの青い目がランドを捉えていた。

「……追いかけてきてくれて。うれしかった。すごく」

「――もう、さみしくないね?」

「ああ。大丈夫だ」

 二人は笑い合った。再び歩き出す。やがて二人の姿は、なだらかに続く草原の彼方に見えなくなった。

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・202

ローレシアの王子の手紙】

 

 このような形で、愛する父上や皆に別れを伝えることを、とても心苦しく思います。
 ローレシア王家第4代目継承者である、ロラン・ロト・ローレシアは、この身分を返上し、ただひとりの旅人として、この国を去る決意です。

 今まで僕は、自分がこの城と国を継ぐことを疑いもしませんでした。ロトの子孫に生まれたことを責任と思い、いつかその名を使って世界の役に立てる日が来るのならと、武芸にも励んできました。
 そしてついに、その役目を果たす時が来ました。ムーンブルクハーゴンの手の者に一夜にして滅ぼされ、命を懸けた伝令がこの城に訪れた日に。

 僕はその時、行方不明になっていたルナ王女を捜すことと、サマルトリアの王子ランドと合流し、世を騒がす邪教の主ハーゴンを討つ、そのことだけが頭にありました。そのために、今まで習い覚えてきたことが役立てるという、喜びもあったのです。
 けれど、2人と再会して世界を回るうちに、徐々に芽生えてきた思いがありました。考え、といってもいいかもしれません。

 それは、「王はなくても人は生きる」ということでした。

 王族もろとも滅ぼされたムーンブルク第一の町、ムーンペタでは、特に混乱は見当たりませんでした。
 王が行方知れずとなったラダトームでも同じでした。それはもちろん、主なき町を治める人達の努力あってのことでしたが、僕に、ふと疑問を起こさせたのです。

 僕に流れる血と、その意味を。

 この世界は、かつて闇に覆われ、その原因となっていた大魔王を勇者ロトが倒したことで救われました。
 そしてそれから千数百年後に悪の化身竜王が現れ、かつてのラダトーム軍はことごとくこれに敗れました。絶望した人々は、状況を打破する者の存在を熱望したのです。
 その声に応えるように、かのロトの血を引く勇者――ローレシアⅠ世が現れました。
 彼は見事、アレフガルドに平和をもたらしました。しかし、それまでロトの子孫を名乗る者は意外に多かったようなのです。
 彼らがほとんど、その名をかたる者であったかの事実を知るすべはありません。でも僕は思うのです。散っていった彼らの中には、本当にロトの子孫だった者もいたかもしれない、と。始祖ロトがこの世界に降り立ってから千年あまり、その間に血筋が広がっていったとしても不思議はありません。
 川から海に旅立ち、また戻ってくる魚がいます。竜王に立ち向かっていった数多くのロトの子孫達は、その魚のようなものだったのではないでしょうか。
 そしてその中で、特に優れた者が、僕達王家の先祖であった――そう考えています。

 今はロトの名は、世界に安寧をもたらす希望の名となっています。そしてその名を継ぐ者が、いずれ訪れる危機に立ち向かい、多くの人々の代わりに戦って、目的を遂げるものと言い伝えられています。
 僕達はその通りになりました。
 伝説がもう一度伝説を作ったのです。
 でも、僕は思います。これから先も、世界は、人々は、ロトの名がなければ生きていけないのか、と。
 
 ローレシアⅠ世が竜王討伐を時の王ラルス16世に伝えた時、ラルス16世は自分の国を勇者に与えようとしました。しかし、勇者はそれを拒み、一人で旅立とうとしたのです。自分に治めるべき国があるのなら、それは自分の手で探したいと言い残して。
 立ち去る彼を追いかけたのは、ラルス16世の娘、ローラ姫でした。お互い恋仲であったのに、勇者は一度彼女を置いてゆこうとしたのです。
 勇者は姫を連れてゆく決断をしました。その話を聞くたびに、僕は思うのです。自分で国を探したいというのは方便だったのに、姫がついてきたから、国を造らざるを得なかったのではないかと。
 
 当時、彼もまた十代の青年でした。大役を終えて自分のことをじっくり考える間もなく、玉座に就けと言われて、とっさに出た嘘がまことになってしまったのだと思います。
 でも、同じ年頃の自分が考えてみて、ご先祖の気持ちもちょっとわかった気がしました。きっと自分でも同じような逃げ口を探しただろうな、と。
 しかしローラ姫は彼にとって必要な人だったと、強く思います。もし彼女がいなければ、行き場のない彼は孤独に道を失っていたでしょう。
 およそ世界の半分にも及んだ、このロトの王国は、彼の野望の結果ではありません。ローラという居場所があったからこそ成し遂げた偉業です。そしてそれは、世界に結束と安寧を望む彼の願いがかなったことでもありました。
 
 そしてその役目は、僕達子孫に伝えられています。僕達はロトの名を継ぐ者として、これからも王家の役割を果たし、その血を後世に伝えていくことを定められています。
 けれど……ここにきて、僕はずっと考えています。本当に、そうすることが世界にとって、まことの幸せにつながるのか、と。

 血は薄れます。僕達でさえ、3人そろわなければ、旅を続けることも、強敵を倒すことも不可能でした。僕達に始祖ほどの強い能力があったら、もっと早くにことが解決していたでしょう。
 ハーゴンは、世界から魔法力が失われつつあることに気づき、新たに世界を創り直すため、破壊神降臨を望みました。彼もまた、極端ですが世界を憂えていたのです。
 そして事実、世界はかつての繁栄から遠ざかり続けています。いずれは、魔力を持つ人間が生まれない日がくるかもしれません。
 そんな時、ロトの名は果たしてどれほどの意味を持つのでしょうか。そして、世代が進むにつれて、受け継いでいた志が薄れ、消えていく可能性も否めません。
 それでも、世界の人がロトの名に依存し続けていたなら、恐ろしいことです。

 僕達に、精霊ルビスは答えました。勇者とは、人々の祈りが生み出すものだと。
 もし、また世界が魔王などに脅かされる日が来たら――、その時求められるのは、名ばかりの王家と子孫ではなく、まことの力と意志を持った者が名乗るべきなのです。
 真の勇者の称号である、ロトの名を。

 ハーゴンを倒すという大役を終え、僕に残された使命は、このローレシアを治め、世界の均衡を守ることでした。
 そうすることを、かつての僕は――旅に出る前は、まったく疑いもしませんでした。
 でも、今は心が叫びます。そうすることを拒む自分が叫んでいます。
 このまま城に押しこめられて生きることを、全力で拒む自分が。
 
 生まれながらにして背負った、僕の血の宿命。きっと人々は、僕が世界を救った英雄だからというだけで何もかも信じ、ゆだね、安心するでしょう。そしてそうされることが、僕のこれからの役目なのでしょう。
 けれど僕は、それを拒みます。
 みんなには、自分の考えを大切にしてほしい。何もかも伝説の勇者の名にゆだねるのではなく、自ら世界を築いてほしい。
 僕は僕の生きる道を探したいと思います。王家の重責を放り出したと責める言葉を受ける覚悟です。それでも、僕は行きたいのです。
 父や皆の期待に応えられない自分を恥ずかしく思います。でも僕は、望まない伴侶と共にいつわりの笑みを浮かべて暮らしていくくらいなら、いっそ命を絶ちたいと思うほどに苦しいのです。
 それは自分にも、相手にも不幸なことです。そして僕は一生、そうすることができないと知っています。
 なぜなら僕は……(涙に濡れて判読不能)を、愛しすぎてしまったから。

 最後に、僕を産み育ててくれた父と、じいやのマルモア、シルクス、旅の途中で力になってくれたカイルへ。
 ありがとう。
 そして、ランド。ルナ。黙って行くことになってごめん。何もかも君達に押しつける僕を許してほしい。
 どうか元気で。



 この手紙がロランの部屋から見つかった時、ローレシア王は衝撃のあまり、胸に痛みを感じて倒れてしまいました。
 幸い命に別状はありませんでしたが、ローレシア王は、それからすっかり元気をなくしてしまわれました。
「……私は悪い父であった。そうであろう、ルナ」
 ロランのベッドに腰かけて、何度も手紙を読み返す王に、私はずっと付き添っていました。私はかぶりを振りました。
「いいえ。お父さまは悪くありません。……誰も、悪くないのです」
 王は答えませんでした。目を片手で覆い、しばらくひとりにしてくれとおっしゃいました。手紙は、私も読み返したかったので、一度預からせていただきました。
 私が部屋を出ると、知らせを聞きつけたランドが駆けつけてきました。ルーラの呪文で飛んできたのです。
「ロランがいなくなったって……」
 真っ青なランドの声はひどくかすれていました。繊細なところがある彼に、この事実は重すぎたのでしょう。立っているのもやっとのありさまでした。
 私は、自分にあてがわれている部屋に案内すると、そこで手紙を見せました。ランドは椅子に腰かけて、震えながらそれを読みました。
「ロラン……」
 読み終わったランドの目から涙がこぼれ落ちました。深く肩を落とし、しばらく泣いていました。
 私は、手紙を読んでからずっと、泣いていませんでした。自分でもどうして落ち着いていられるか不思議でした。
 でも、なんとなくわかっていたからだと思います。
 ロランが誰よりも自由を求めていたのを、知っていたから。
 ロランは風のマントを使って、未明に城の尖塔から飛び立ったようです。城下で、城から大きな鳥のようなものが飛び立つのを見た人がいました。でも、ロランがいなくなった南の方角をいくら探しても見つかりませんでした。
「……城に戻るよ」
 うつろな声で、ランドは手紙を私に返すと立ち上がりました。
「……ローレシア王によろしくね。今はきっと、お会いになりたくないだろうから」
「ええ。大丈夫よ。私がついてるから」
 頼むよ、とランドはかすかに微笑み、ふらふらと部屋を出ていきました。
 そしてあろうことか、それが、私がランドを見た最後の日になってしまったのです。

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・201

ムーンブルクの王女の手記】

 

 ここまで読んでくださった方が、もしいるとしたら……あなたは私達と共に、長い戦いの旅を乗り越えてきたのでしょう。そのことにまず、お礼を申し上げます。
 私達と心を共にするあなたへ。私、ムーンブルク王家最後の継承者、ルナ・ロト・ムーンブルクが、その後ロラン達がどうなったのかお伝えしようと思います。
 けれどそれは決して、おとぎ話のような幸せな結末ではなかったのだということを、先に記しておきます。

 私達と心を共にするあなたへ。どうか知ってください。私達があの戦いのあと、どういう道を歩んでいったのかを。

 ローレシア建国100年祭は、同時に、勇者ロトの子孫達が世界を救ったことを讃える祭りにもなりました。そしてその日を記念日として、長く後世に伝えることとなりました。
 花火は5夜連続打ち上げられ、ローレシア内外から城下に人があふれて大変な騒ぎとなりました。ランドの家族であるサマルトリア王と王女アリシアも、お祭りの最初の晩に国賓として招かれ、みんなで私達の帰還を喜び合ったものです。
 お祭りの3日目に、アレフガルド国王、ベラヌール法王、ルプガナの港主、ペルポイ町長、それにデルコンダル王が、ローレシア城へ招待されました。そして、世界に例を見ない首脳会議が行われたのです。会議には私達3人も出席しました。
 そこで私達は、ロンダルキアの洞窟で、オークキング達が略奪した財宝の山があることを教えました。計り知れないほどの額なので、これを世界中に分配して、魔物や邪教団に被害を受けた人や町の手助けにしてほしいと訴えたのです。
 これに異論はなく、大きな被害を受けていないルプガナベラヌール、およびデルコンダルは分配そのものを固辞しようとしましたが、のちに誰かが不公平を叫ばないように、ほかよりは少なめに受け取ることで承諾しました。
 分配の詳しい金額は、実際に洞窟から財宝を運び出した上でということになり、その場はお開きになりました。
 お祭りが終わると、数年ぶりの二日酔いに苦しむサマルトリア王を支えながら、ランドがルーラの呪文で国へいったん帰ってゆきました。
 それから3日後に、私達3人と世界の首脳達がローレシアに送ってきた使節団と共に、ロンダルキアの洞窟へ向かったのです。そこで2週間ほどかかって全部の財宝を運び終え、ベラヌール法王庁に一度預かりとなりました。なにしろ金銀の量ときたら、小さなお城一個分くらいはありましたから。
 大まかな分配としては、一国を滅ぼされたムーンブルクが多く、その次に、功績を残したローレシアサマルトリア。破壊神シドーが出現した際に起きた地震で、建物などが倒壊した地下都市ペルポイにも多めに分配されることになりました。
 それから、働き手の大半を魔物に殺されてしまった、南海の孤島ザハンの町にも、私達が行ってお金を届けました。ペルポイの町には、魔物に沈められたザハンの漁船員の生存者であるルークさんがいたので、彼を連れ帰る目的もありました。
 彼は地震の衝撃で、これまで失っていた記憶を取り戻していました。ザハンには、漁船沈没の悲報を伝えるためにペルポイからの使者がいたはずですが、彼もまたペルポイに戻っておらず、ペルポイの町役人がやきもきしていました。ザハンに行ってみると、案の定、彼はいまだに事実を伝えていなかったのです!
 でも、私達が連れてきたルークさんが、すべてを町の女性達に語ってくれました。あまりに長い夫達の不在に、女性達は皆覚悟を決めていたようです。悲しみに包まれはしましたが、大きな混乱にはなりませんでした。
 ルークさんは無事に恋人と再会し、漁師をやめて町の子ども達のために塾を開くことにしました。
 そうそう、金の鍵の持ち主だった、この町の漁師だったタシスンさんの飼い犬ラジェット――彼も元気でした。私が、もうタシスンさんが帰ってこないことを話して聞かせると、彼はわかってくれたようでした。それでも、時々海を寂しそうに見つめているそうです。彼の心も癒されることを祈ります。

 アレフガルド国王は、ハーゴンの脅威を恐れて長い間、城下の武器屋の2階に隠れていたそうです。けれど、私達の活躍を知って、ようやく表に出てきました。これからは心を入れ替えて、世界の復興に力を尽くしたいと表明し、ムーンブルク城再建のために多くの働き手を送ってくれました。
 ムーンブルク城再建に関しては、私よりもムーンペタの町で希望が大きく、急がざるを得ませんでした。なぜなら、そこには城下から生き延びてきた多くの難民達が保護されているからです。
 町で彼らを養うには財源に限りがあり、分配金だけでは数年と持ちません。早く彼らに生活の基盤を整える必要がありました。
 城の再建工事は一時的にでも彼らに仕事を与えることになります。自分が何か役に立てる、働けるということは、生きる喜びにもなります。仕事や財産を失って活力をなくしている難民達のために、私は率先して仕事に当たりました。
 まず、ムーンブルク城跡で大きな慰霊祭を行いました。ここでも、各地の首長らが参列してくださいました。ロランとランドも喪服で王達と参列し、祈りを捧げました。
 城跡に戻ってきた城下の人々は、皆泣いていました。春が近くなり、温暖なムーンブルク地方では早くも草が萌え始め、がれきに淡い色を広げておりました。
 風に揺れる小さな花や草の間に、亡き人の形見や遺体の一部を見つけ、これはお父さんだ、うちの子だと口々に言う声が聞こえていました。そして見つけたそれを、そっと大事に胸に抱きしめていました。
 反対意見もありましたが、私は、城の跡地に慰霊碑を建て、城は少し離れた位置へ移すことを提案しました。人々の悲しみはまだ生きています。その真上に、元通りに家や暮らしを営むことなどできない。そう思ったからです。
 よって工事は大規模なものとなりました。がれきの撤去と整地に、集まった人々が取りかかりました。ムーンペタに避難していた城の生き残りの兵士アレックも、今度こそ人々を守るため兵役に就きたいと願い、早く城を再建したいと工事に参加しました。私を慕う小さな女の子ミチカも、母親と共に現場に住みつき、母親は食事の係として働き始めました。

 そしてロランとランドもやってきました。黙って城にいるのを良しとせず、人々と一緒に働きたいと願ったからです。
 最初は皆、高貴な身分である2人が、土や汗にまみれて働いてくれることを喜んでいました。でも、私は少しだけ嫌な予感がしたのです。そしてそれは、ほどなくして当たってしまいました――。

「ロラン。もう来ないで」
 こう告げるのはつらかったですが、私はロランのためを思って言いました。
「あなたが来てから、場が悪くなっているの。あなたは、国に戻った方がいいわ」
 ある夏の夜のことでした。整地工事は驚くほどの速さで進んでいました。それなのに、私はロランに、もう仕事をするなと言ったのです。ロランは、自覚があったのでしょう、悲しそうに黙っていました。傍らのランドは、言葉を探しているようでしたが、何も言えませんでした。
 場が悪くなっている、というのは、現場で働く人達に不穏な噂が流れていることがひとつ。そして、あからさまに仕事をしなくなった人が増えたことでした。
 原因はロランでした。ランドはあまり肉体労働に従事せず、働く親達から子ども達を預かって、勉強を教えたり、山彦の笛で曲を吹いたり、一緒に遊んだりしていました。
 ロランは率先して、一番きついがれきの撤去を行っていました。彼の膂力はすさまじく、たった一人で次々と大きな壁の破片や岩などをどかしてしまいます。
 初めのうちは、これがロトの子孫の力かと、皆が感心し、驚くだけでした。ところが、自分と彼との間に大きな差があるのだと知った男達は、やがて無気力になっていったのです。
 自分がやっとひとつどかしたがれきを、ローレシアの王子は、何倍も効率よく撤去していく。自分のやっていることに意味はあるのか。生まれながらにして家柄や血筋に恵まれた人間は、苦労もなくやってのける。それに比べて自分は――という、堂々巡りにはまってしまったのでした。
 無気力は仕事の意欲をなくさせ、酒や博打に生きがいを見つけるようになりました。中には、いら立ちを家族にぶつける者さえおりました。
 それだけではありません。人並み外れたロランの力を、誰かが冗談にも化け物呼ばわりし始めたのです。彼らの目つきは、恐ろしい魔物を見る目と変わりがないものでした……。
 私はムーンブルクを束ねる者として、これらを見過ごすことはできませんでした。
「……わかった」
 やっとのことでそう応えたロランは、かわいそうで見ていられませんでした。良かれと思ってやったことが、かえって人々を傷つけるなんて思いもしなかったでしょうから。
 ロランが国に帰ると言うので、ランドも自分の城へ帰ると言いました。ランドが引き受けていた託児の仕事は、手が空いている女性やお年寄りらに任せることにしました。ランドはとても人気者だったので、そのあと子ども達がひどく寂しがったことを記しておきます。あのミチカも。

 それからのロランは、まるで別人になったかのようにおとなしくなりました。
 もともと、あまりはしゃぐ方ではありませんでしたが、それにも増して口数が少なくなったのです。
 ロランは城からも出してもらえなくなりました。即位を控える大事な身だから、という理由です。
 ロランは、ロトの鎧と兜を、アレフガルドにある聖なる祠に返しに行きたいと申し出ていました。ロトの鎧は所有者に不吉なことが起こる可能性が高いため、聖地に安置したいと言ったのです。
 かつてアレフガルドにあったドムドーラの町の悲劇や、ロトの鎧を預かっていたムーンブルク城の惨禍もあり、ローレシア王は、鎧と兜を安置する案は認めました。しかしロランにその役目を与えませんでした。ロランが、旅に出たきり戻ってこなくなることを恐れたからです。
 鎧と兜は、近衛隊のカイルが使節を率いて祠へ無事に送り届けました。ロトの剣は、ロランが一度ランドにあげていましたが、もう戦いは終わったからと、ランドが直々に剣をローレシアに納めました。代わりに、ロランが持っていたロトの盾を再び返してもらい、サマルトリアの国宝として、城の聖なる間に安置したのです。
 復興工事のために、私はムーンペタ町長の屋敷に間借りをし、5日に一度、後見人であるローレシア王に会いに行き、事の次第を報告していました。ロランとも、その滞在時に会って話すぐらいだったのです。
 ローレシア城では、ロランの即位式のために準備が着々と進められていました。ロランのために、新しく王の衣が仕立てられ、お針子達が制作にいそしんでおりました。
 私も作りかけのを見せてもらいましたが、それでも見事なものでした。国の色である青を基調とし、絹や毛皮、宝石をふんだんに使って、稀代の英雄である王子を飾り立てようとしていました。
 同時に、ロランにはお見合いの話も持ち上がっていたのです。すでに貴族などの家柄から、年頃の娘達が候補に挙がっていました。城で働く娘達には、ロランを熱く慕う者もおり、そのことに少なからず衝撃を受けていたようでしたが、それはまた別の話です。
 一見、ローレシアの城は華やかさに満ちていました。けれどロランの表情が晴れることは、決してありませんでした。ある日私は、決心してロランに話しかけました。ずっとつらそうな理由を知りたかったのです。

 季節は秋を迎えていました。満月がきれいな晩でした。


「……最近のあなた、見ていてつらくなるわ。何か思いつめているんじゃないか、って」
 海の見えるバルコニーに、私とロランは並んで立っていました。平服のロランは、水平線を眺めたまま答えました。
「……別にあのことを引きずってるわけじゃないよ。みんなに、僕が迷惑がられたのはきつかったけどさ……。でも、あれから考えるようになったんだ。僕が、これからすべきことって何だろう、って」
 それは、これから王として国を治め、ロトの国の盟主として世界各地を調停する重責だろう、と、その場にいた人は言うでしょう。でも私は、ロランがそう言った時、彼が何を言わんとしているのかわかりました。でも、あえて知らないふりをしました。
「それで、何か見つかったの?」
 ロランはかぶりを振りました。潮風が、かすかに彼の銀髪を揺らしました。
「わからない。でも……怒らないでくれよ? 嫌なんだ。このまま王位に就くのも、誰かと……一緒にさせられるのも」
 それはまるで、これから死に向かう人が言うような言葉でした。でも、それは遠からずというところです。もし国王になったら、自由に城の外へ出ることも、世界を回ることもできません。親しいランドと会うこともできません。
 一緒にさせられる、という言い方も気になりました。私はあえて、明るく尋ねました。
「お見合い、うまくいかなかったのね」
 ロランはすでに、3人の貴族の娘と会っていました。でも1時間と持たなかったと、ローレシア国王が落胆しながら、私に打ち明けていました。
「悪い性格じゃないと思う。でも、会ってすぐ、ああ逃げたいって思ったんだ」
 ロランは私を見て言いました。悲しそうに。
「きっと彼女達を傷つけた……僕は彼女達が何を話しかけてきても、黙っていたからね。でも、嫌で嫌で仕方なかったんだ。だって彼女達はみんな、僕を見ようとしていなかったんだから」
 私はうなずきました。そして、ほんのこっそりですけど、ふられた子達がいい気味だとも思ったのです。ロランが嫌悪に駆られた理由。それは、女で言えば、嫌らしい目で男から見られたのと同じであったでしょう。
 ロランの優れた外見と、偉大な功績、そして高貴な身分。娘達はそこだけに目を奪われ、皆、我こそは妻にと自分を売り込んだに違いありません。ロランにはそれが卑しく映ったのでしょう。
「……実を言うとさ」
 ロランはさらりと言いました。
「僕は、君が好きだったんだよ」
「知ってる」
 私が答えると、ロランは「知ってたぁ?!」とすっとんきょうに反応したので、私はおかしくて笑ってしまいました。ロランは苦笑して、指で頬を掻きました。
「なんだ、ばれてたのか」
「ええ。あなたと再会した時からね。でも……」
「ああ。……キースのことが気になってたんだろ?」
 私も苦笑してうなずきました。そうすることができるほど、私の騎士キースのことは、過去になってしまったのだと思いながら。
「それに、あなたもはっきりしなかったしね」
「それは……だって。そういうこと、あからさまにするもんじゃないだろ」
 ロランは赤くなったようでした。月光は、白々と彼の髪や頬を照らしていました。
「……でも、“だった”のよね」
 私は言いました。不思議と寂しくありませんでした。
「ああ」
 ロランも迷いなく答えました。
「今は、君のことはかけがえなく思ってる。この世で一番、何でも話せる親友。大切な身内だ」
「ありがと。私もよ」
 私達は見つめあいました。ロランは17歳になり、また少し大人びた雰囲気になりました。
 こちらを見つめるまっすぐな青い瞳、意思の強そうな眉、整った鼻梁や唇。上背のあるたくましい体つき……世の乙女なら、誰もが恋してやまないでしょう。私も別の身分であったなら、あるいは別の出会いをしていたなら、同じように思ったでしょう。
 けれど、ロランには家族のようないとおしさは浮かんでも、そのような想いは生まれませんでした。
「……頑張ったら、そうなれるかもしれないけどね」
 私がつぶやくと、ロランは笑いました。
「そうだね。お互いに努力したら、きっと……」
 ロランは最後まで言わず、黙って視線を海に戻しました。
 私も並んで海を見つめました。きっと私達を見る人は、お似合いだとささやくでしょう。実際、ローレシアの城ではそう言われています。私が、ムーンブルクの領土をローレシアに献上して、ローレシア王家に入ることまでまことしやかに噂されています。
 私もいずれ、夫となる人を探し、血筋を伝えるために婚姻しなければなりません。
 でも、良い馬を生むように血統や能力を選ぶのは嫌だと思っています。今は亡きキースは、偶然にもそういった相手でしたが、自然に通いあった想いがありました。
 ランドの父サマルトリア王は、サマルトリア城の尼僧と運命的な恋で結ばれた仲でしたが、ローレシア王と私の父ムーンブルク王は、家柄と魔法力の強さで選ばれた娘とお見合いをして、結婚しています。だからこの2人の結婚は遅かったし、年の差もかなりあったのです。
 父王達が遅い結婚だったのは、次の世代に優秀な子孫を残せるかという選別もあったでしょうが、もしかしたら、2人もこのような婚姻方法が嫌だったのでは……だからぐずぐずと遅らせたのでは、と思っています。
 このままでは、いずれ私達もそうなるでしょう。若さが過ぎた時に、やっと諦めてこの人と思う日が。
 でも、恋を知る私は、やっぱり愛する人と自然に結ばれたいと願っていました。自分を競り市の見本のように、見合い相手にさらけ出すことはしたくない。そんなことをするくらいなら、ロランと一緒になりたい、とまで考えていました。そして、そう、努力すれば、その気持ちも育めると思っていました。
「きれいな月ね」
 私は空に浮かぶ月と、ロランの髪を見比べました。
「ほら。あなたの髪みたいよ」
「君の髪の色にも似てる」
 白銀のような、金色も帯びた月の光を、ロランは手を差し向けて受けとめました。
 手を下ろすと、ロランはまた、じっともの思いに沈みました。
 と、ふいにロランが手すりをつかんで身を乗り出しました。
「どうしたの?」
 びっくりして問うと、ロランは信じられない顔をして水平線を見つめ、「あれ」と指さしました。私は視線を移し、言葉を失いました。
 とても大きな鳥が、月光に輝く水面の上を飛んでいたのです!
 それは鷹に似ていましたが、もっと優美でした。羽根は淡い紫に輝き、足は長く、頭と尾羽に長く美しい飾り羽根を持っていました。
 ひと目でそれが雌だとわかりました。なぜだか、そう直感したのです。
 人を4人は軽く乗せられるような巨鳥は、やがて水平線の彼方に消えてゆきました。
 ふいに鼻を鳴らす音がして振り向くと、ロランが、海の向こうを見つめて泣いていました。彼はつぶやきました。
「……行きたい。あの鳥の行ったところに。僕も連れて行ってくれたらよかったのに」


 そして3日後に、ロランは、ローレシア城から姿を消したのでした。

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・200

最終章

 

【勇者達の凱旋】

 天意の祠にあった旅の扉は、ベラヌール法王庁の執務室にある旅の扉と直結していた。ロラン達が出現すると、法王ハミルトをはじめ、多くの神官や僧侶、異端審問官達までも盛大に拍手したので驚いた。
「いましがた、暗黒に包まれていた空がきれいに晴れ渡ったのです。おそらく殿下達が邪神官ハーゴンを倒した証であろうと、ここでご帰還をお待ちしておりました」
 ベラヌールの町もこの奇跡に沸いているという。ぜひ祝賀の宴にというハミルトの招待を、ロラン達は丁寧に辞退した。まずは自分達の国へ戻って報告したかったのだ。
 落ち着いたらまた後日に歓待を受けると約束し、3人はランドの唱えたルーラでルプガナへ飛んだ。町と港の主であるルートンに借りていた船を返すためである。
 ルプガナも、空が反転した奇跡にもちきりだった。ロラン達がルートンの屋敷に行くと、自分の孫が帰ってきたかのようにルートン老は喜んだ。ルートンの孫娘エレーネも、最近結婚したたくましい船乗りの夫と出迎えてくれた。
 ルートンも町を代表してロラン達を招きたいと申し出たが、3人は固辞した。
 返した船は、またいつでも貸すとルートンは別れ際に言った。やる、と一言で言わないのがいかにもルプガナの男らしい。好意をありがたく受け取り、彼らの見送りを受けて、3人はルーラで町を後にした。


 邪神官ハーゴンが放った魔物達によって滅びたムーンブルク城は、穏やかな昼の日差しにたたずんでいた。
「瘴気が消えている……」
 城と城下町を見て、ロランは驚いた。毒沼に汚染されたムーンブルク城は、その姿もおぼろげなほど濃い瘴気に覆われていた。だが毒沼は無害な湿地と化し、徘徊していた毒蛇や虫、動く死体も見当たらない。
「ルナ!」
 ランドが声を上げた。ルナが待ちきれないといった風に城へ駆け出したからである。
 二人は追いかけ、崩れた城門をくぐって城へ入った。入って正面にある謁見の間で、亡くなったムーンブルク王をはじめとする城の人々が並んで立っているのが見えた
「お父さま!」
 涙声でルナがムーンブルク王に駆け寄ると、王は慈愛を整った顔に浮かべ、ルナへ両腕を広げた。
 ――おお、我が娘ルナ。よくぞ無事で戻ってきたな。そして、よくぞ使命を果たした。おかげで我らが無念も晴れ、今ようやく、天の国へ旅立つことができる。
「お父さま、私……」
 ルナは何か言おうとしたが、嗚咽があふれた。王は優しく娘の頬に手を当てた。かすんでいたが、ルナの肌に淡いぬくもりが伝わった。
 ――ルナ。そなたが我が娘でよかった。どうか、達者でな。ロラン王子、ランド王子と、これからも世界を守ってゆくのだぞ。
「お父さま、私、きっとムーンブルクを復興いたします。また元のように、みんなが安心して暮らせる場所を」
 王は穏やかにうなずいた。そして、ロランとランドへ向き直ると、一同そろって深々と礼をした。王の隣に、ルナの婚約者になるはずだった若き騎士、キースの姿もあった。
「……さようなら」
 ランドが涙をこらえて言うと、それがきっかけだったかのように、王達は一斉に光り輝く球体となった。天井に空いた穴から次々と天へ昇っていく。
「お父さま……。キース……」
 ルナは頬を伝う涙を拭いもせず、最後の魂が天へ消えるまで見送った。


 サマルトリア城は、沈鬱な雰囲気に包まれていた。空は晴天に戻ったものの、城の主である王とその娘のアリシア王女が悲しみに沈んでいたからである。
 ロンダルキアの地でランドが命を落としたのだと、王とアリシアは家族の直感で確信していた。それを伝え聞いた城の人々から城下にも話が伝わり、皆があののんき者の王子を悼んでいた。
 だから、当の本人がロラン達とのこのこ現れた時、城の門番が「でででで出えたあーーー!!」と、青い顔で絶叫した。のんき者のランドも、さすがに憮然とする。
「……ちょっとひどくない? いくらぼくが期待されてなかったからってさあ……。そりゃあたしかに、1度死んだけど」
「正確には2回だけどね……」
 ルナが小声で言い、ロランが吹き出した時。
「ランドおおお!」
「おにいちゃーん!」
「うわ! 父さんにアリシアまで?!」
 一報を受けた王とアリシアが、しきたりを無視して城門まで走ってきた。なりふり構わずランドに二人で抱きつき、おいおいと泣く。
「よかった、ランド、わしはてっきりお前が……あの地でっ……」
「うわーん! お兄ちゃんが帰ってきた! おばけじゃないよね、ね?」
「大丈夫だよ、ほら、離れてっ。みんなが見てるよ!」
「おお、そうであった」
 王衣の袖で洟を拭い、王は威儀を正して咳払いした。皆で謁見の間に行き、王は玉座に座ると、改めてロラン達を見た。アリシアは王の隣に立つ。
「ロラン王子、ルナ姫、そしてランドよ。よくぞハーゴンを討ち、世界を平和に戻してくれた! サマルトリア国民一同、お礼申し上げる。ランドはいささか頼りないところがあったが……そなた達の役に立ったようで何よりだ」
「とんでもない」
 ロランは笑顔でかぶりを振った。
「ランドがいてくれたから、目的を果たすことができたんです。頼りなくなんて、ありません」
「そうか。成長したのだな……」
 我慢していた涙がまたこぼれて、王は急いで目元をハンカチで拭った。
ローレシアには、先ほど伝令をルーラで飛ばした。今頃はローレシア王ともども、皆がロラン王子の帰還を待ち望んでいることだろう。わしとアリシアも、夜にはそちらへ向かわせてもらう。さあ、ランド、ロラン王子をローレシア城へお連れせよ」
「はい!」
 晴れやかに返事をし、ランドは華麗に一礼した。去り際、アリシアがランドへ駆け寄って言う。
「お兄ちゃんやったじゃない! あたし見直しちゃった!」
「こらぁ」
 ランドは腰に両手を当てて妹をにらみ、こつんとやる真似をした。
「なまいきだぞ、こいつ」
「えへへ……」
 アリシアが笑うと、ランドも笑って妹の頭をなでた。見ていたロランとルナも、なんだか幸せな気分になって微笑んだ。
「さあ、行こう!」
 ランドが言い、王達が城の外で見送る中、ルーラの呪文を唱えた。


 ローレシア城下に降り立つと、すでに衛兵が2人、馬車を仕立ててロラン達を待っていた。城下は出店が出るなどして大騒ぎだ。近隣の人々が、凱旋した王子をひと目見ようと押し寄せているため、馬車を用意したのだという。
 馬車の窓から、ロラン達は喜びに沸き返る人々を見た。よかった、と改めて思う。苦しかった戦いや傷の痛み、恐怖も癒されていくようだった。
 城門で降ろされると、ロランは城を見上げた。中へ、とうながす衛兵にも応えられない。こんなに緊張したのは初めてだった。
「なあに、あがってるの?」
 ルナがからかうようにロランをのぞき込む。む、とロランはルナを見返した。
「そんなんじゃないよ」
「じゃあさっさと行きなさいよ、かっこいい王子様?」
「よせってば……」
「ほら、お父上も待ってることだし」
 ランドも急かす。やっぱり自分はあがっていたのだと、ロランは認めた。観念する。
「うん。わかってる……」
 深呼吸すると、ロランは城の中へ足を踏み入れた。途端、弾けるような歓声が湧く。赤い絨毯が敷かれた通路には城の人々がこぞって立ち、儀仗兵がラッパでファンファーレを吹き鳴らした。紙吹雪が舞う中、ロラン達は奥で待つ王の元へと進む。
「ぼくの時と違う……」
 またも憮然とつぶやくランドに、ルナがぷっと吹き出す。しかしロランは笑える余裕がなかった。硬い面持ちで父王の元にたどり着く。ランドとルナは気を利かせてか、ロランの少し後ろに離れた両脇に立った。
「父上。ただいま戻りました」
 ひざまずいたロランに、父王は深々とうなずいた。
「うむ。よくぞ戻った、ロラン。そしてランド王子、ルナ王女。よくぞハーゴンを討ち果たしてくれた。世界が邪教の脅威から去ったことを、皆が喜んでおる。ローレシア国民一同、感謝している。ありがとう」
 王が言うと、集まった人々が歓呼と拍手の嵐を浴びせた。ロランは立ち上がると、意を決してロトの兜を脱いだ。現れた銀髪に、父王や近臣マルモア達が目を見開く。場が静まり返った。
「お、王子、その髪は……」
 マルモアが震えてロランの頭を凝視した。ロランは苦笑して言った。
「戦いの間に、こうなったんだ。体はなんともないよ」
「そうか……。さぞ、つらい戦いであったのだな……。よく、成し遂げてくれた。我が息子ながら、誇りに思うぞ」
 父王もそう言うのがやっとだった。つらい、と一言で片づけるのが心苦しいが、それしか言葉が見つけられなかったのだと、苦渋に満ちた白い眉が語っていた。
「1年遅れたが、今からローレシア建国100年祭を5日間にわたって行う。正式な式典は明日にして、今宵はまず、その体を休めるがよい。さあ、ランド王子とルナ王女もこちらへ」
 うながされ、ランドとルナもロランの傍らに立った。ローレシア王は一同を見て、高らかに宣言した。
「これより、ローレシア建国100年祭を開催する。そして我らはこの日を忘れまい。勇者ロトの子孫が、再び世界に平和を取り戻したことを!」
 人々が万歳を叫ぶ。ファンファーレが再び高らかに王子達の凱旋を歌い上げた。ロラン達は城下を見渡せるバルコニーに導かれた。3人の姿を待ち望んでいた人々が、一斉に感極まった声を上げる。夕暮れの空に、花火がいくつも打ち上げられた。
「きれいね」
 人々に手を振り返しながら、ルナがうれしそうに色彩閃く空を見上げる。
「でも、私がイオナズンを放ったら、もっと派手なのが打ち上がるかも」
「あ、それならぼくのベギラマも合わせたら色がきれいになるんじゃないかなぁ」
「そうね、今度練習しましょうか?」
「いいねえ」
「冗談だろ……?」
 色と音が弾ける中、3人は笑い合った。そこへ父王も来て、共に空を見上げる。しばし花火に見とれていたが、やがて真顔でロランに言った。
「……ロラン。こうしてお前が若くして偉業を成し遂げたことは、機をうながしているのやもしれぬな」
「父上……」
 喜ばしい気分が一気に消し飛び、ロランは笑みを消して父を見た。
「そろそろ、わしもそなたに王の座を譲る時が来た。ロトの子孫がその名に恥じぬ功績を残した、このことはそなたが将来を築くのに強い礎となるであろう。この機会が重要なのだ」
 ランドとルナもはしゃぐのをやめて、静かにロランと王を見ていた。ロランは返事をしなかった。
「近いうちに、即位の礼を行う。嫌とは言わせぬぞ」
 ロランは黙っていた。いくつもの花火が弾け、空に消えていった。
「……はい」
 どおん。腹に響くような深い音が、まばゆい大輪とともに尾を引いた。ややうつむいたロランの横顔を、光が瞬きながら照らしていく。
 ランドとルナは、無言でロランの手を握った。ロランは目を伏せた。終わらない花火と人々の歓声が続いていた。